磯井正美(1926~ )は、磯井如眞の三男として高松に生まれ、予科錬から復員して後、漆芸の道を志しました。《積層》と呼ばれる、科ベニヤをはり重ねて成形した素地。木彫用の丸刀を使って、より柔らかいイメージを出す《蓮華彫り》。金紛や銀粉を用いる沃懸地(いかけじ)の技法。色漆の層による微妙な斑文の色調の変化。角剣による点彫りを応用した《往復彫り》。ぼかし塗りをし、研いで断面を出すグラデーションの効果。一見すると線彫りのような、筆を用いて色漆を埋める摩訶不思議な線の創案。磯井正美ほど、蒟ま(きんま)の表現領域を広げた作家はいません。
その作風は繊細華麗な父如眞の作風に対し、「漆の古典的なうつくしさを現代の新しい感覚で生かしたムード派」と作者は自らをとき明かしています。蝶や万葉集に出てくる植物など身近な題材を象徴的に取り上げ、波間のたゆたう動きや陽炎のゆらめく空気など通常では捕捉し難い形をモチーフとし、より奥深い心象風景を創出しています。こうして1985年、磯井正美は重要無形文化財蒟ま保持者に認定され、父如眞の死後解除されていた21年間の空白を埋めました。
本展覧会は初期の作品から最新の作品までを展示する磯井正美初の本格的な個展となります。