瑛九(えいきゅう1911-1960 宮崎市生まれ)は、1930年代から1950年代にかけて、広範な芸術分野で、一貫して前衛的な創作活動を展開した作家でした。その表現領域は油彩画、銅版画、リトグラフ、写真と多岐にわたり、実験的な作品を発表しながら、一方では美術評論家、教育家としても活躍した多才な人物でした。
本展は、その中でも特にフォト・デッサンと呼ばれる写真作品に注目し紹介するものです。
フォト・デッサンとは、一般的にはフォトグラムと呼ばれる写真技法で、この技法による瑛九の写真作品を指す造語です。印画紙の上に直接物体を置き、感光させた後、現像することによって、即物的でありながら幾何学的あるいは有機的形象によるコンポジションを作り出したり、そこに幻想的なイメージを現出させたりするフォトグラムという技法は、カメラを用いない写真表現として、既に18世紀の後半には発見されていましたが、20世紀に入るとマン・レイやモホリ・ナギをはじめとする芸術家らによって、実験的な写真技法、前衛的な美術表現として多く試みられるようになりました。
瑛九はフォトグラムの制作にあたって、印画紙をキャンバスに見立て、画家がデッサンをするような感覚で印画紙に向かいました。フォト・デッサンという名前は、そのような瑛九の意図を反映するものといえるでしょう。本展では、瑛九が残した数百点にのぼるフォト・デッサンの中から、戦前から戦後にかけての代表作約70点に加え、制作に用いられた道具や型紙などの資料、そして晩年の油彩画を展示することで、そのフォトグラムとしての特徴や、写真と絵画との制作上の関連性などについて、多角的な検証を試みるものです。