「日本近代洋画」と言えば、すぐに思い浮かぶのは、黒田清輝であり、東京美術学校西洋画科からの流れでしょう。けれど、今回の展覧会は、それ以前の歩みにスポットをあてます。幕末から明治にかけて、日本で「洋画」というものが描かれるように
なったまさにその初めの足どりを辿ろうというわけです。出品は、幻の山岡孫吉(ヤンマーディーゼルの創業者)氏のコレクションをもとに、髙橋由一から黒田清輝、藤島武二までの176点となります。
さて、日本での制度としての洋画研究は幕末の蕃所調所から始まりました。それから東京美術学校西洋画科の設置まで40年。このたかだか半世紀たらずの歳月の中に、髙橋由一のように手探りで自らの洋画
を求めた歩みもあれば、早期に設立されて短命に終わった工部美術学校に学んだ歩みもあり、また、黒田清輝のように、法学研究のために留学したフランスで絵画の道を選び、ついには日本の洋画界のリーダーとなった歩みもあります。
17歳の黒田がフランスに旅立った時、彼自身はその先に洋画の道が待っているとは知る由もなく、一方、前述の画家たちは、時代の反動による洋画排斥のただなかを生きていました。
由一と黒田では38歳の開きがあり、洋画との出会いも修得の仕方も違います。制度の定まる以前と以後の違いもあるでしょう。しかし、いずれであろうとそこには、それまでの日本の絵にはなかった新しい視覚と技法とその妙味を求めてひたむきに歩いた個々の絵描きの姿があり、ただ、制度としての洋画受容の形だけでは語れないものがあるようです。単に技術の移入にとどまらない文化の問題としての葛藤を身の内に抱えながら、「洋画」は、日本の近代に徐々にその姿を現してきたのでした。