本展は、オラファー エリアソンの、日本の美術館における初個展となります。光や色、空間を操り、われわれを独自の世界に誘う作品群の中から、初期代表作「Beauty」(1993年)、最近作インスタレーションに加え、2006年(会期終了後)、原美術館屋上に設置、公開予定である、パーマネントインスタレーションのドローイングやスケールモデルもあわせて紹介いたします。今回、出品される「Beauty」は、光を霧に投影させたシンプルな仕掛けでありながら、はかなく美しい虹を見事に描写した名作といえます。エリアソンは、光、水、風、匂い、温度といった、自然界に存在する基本的な要素を駆使し、自然現象を人々に体験させるインスタレーションを展開します。作家は、一貫して、私たち人間が環境をどのように知覚、認識するか、そして、その環境に人がいかに適応するかということへの興味に突き動かされ、制作を続けてきました。
例えば色。色は、それ自身実体のない抽象的な存在ですが、私たちがモノや外界を認識し、あるいは何かを感じる重要な尺度となります。「レッド」「ルージュ」など、言葉は違っても、「赤」という色に対して、人は異文化間でも、おおまかには共通の認識をもつでしょう。注意を引き、気分を高揚させる特性から、古くから旗や記号に赤が用いられてきました。闘争やら危険を連想するのは、歴史や教育に負うところが大きいでしょう。一方で、血を連想して気分を悪くしたり、熟したりんごを美味しそうと思うのは、私的経験が多分に影響しています。本展でも作家は、色にまつわるさまざまな問いかけを試みています。赤と黄色の境界は?色のない世界では、私たちはものをどのように知覚するのでしょうか?
エリアソンの作品は、鑑賞者が知覚し経験することで成立する、という要素が特に強いといえます。その解釈は、鑑賞者の背景にある文化、歴史によって、さらにはその時々の心理的状況にも左右されるでしょう。彼の作品と対峙することにより、われわれは自己の意識と向き合うことになります。彼の作品は、私たちが自身の感性を研ぎ澄ますための装置の役割をはたします。オラファー エリアソンの作品において特筆すべきは、技術にとどまらない表現力といえます。崇高さすら感じさせる作家の作品世界を堪能していただきたいと、願います。