佐藤忠良(1912-)は、ジーンズ姿の若い女性や、子どもの立像などを手がけた、日本における近代具像彫刻の第一人者です。彼の作品は美術館で鑑賞されるほか、全国各地の駅前広場や空港のロビー、公園などで気軽に出会うことができ、おそらく私たちがもっとも日常的に接している彫刻にちがいありません。また、素描家としても活躍しており、絵本『おおきなかぶ』や新聞小説などの挿絵も多く手がけています。彫刻家の手によるスケッチと聞けば、彫刻を手がける前の習作素描を思い浮かべますが、本展では彫刻の仕事とは無関係に描かれたものを中心に約50点をご紹介します。
若い頃から目に触れたものを鉛筆や水彩などで描き続けてきた作家にとって、スケッチブックは日記に例えられる存在といえるでしょう。その一枚一枚からは、旅先でふと出会った風景、アトリエの窓からの眺め、過敏に挿した花や身近な人物など、日々の生活のなかで出会う対象に向けられた、優しく穏やかな眼差しが感じられます。
「自分のデッサンは、できるだけ人には見せたくないし、他人のものは盗み見してでも見たいもの。デッサンを見ると、その作者の本当の力量や内部までもはっきりとわかるような気がする」
と忠良が述べたように、スケッチブックとは、まさに描き手の内面を映し出すものなのでしょう。そこには彫刻家・佐藤忠良を越え、ものや動物、自然、そして人に対峙する一人の真摯な人間像を見出すことができるでしょう。彫刻作品以上に親しみやすく温かみのあるスケッチ群を通して、作家の人間的魅力に触れていただきたいと願っています。