神奈川奉行は、安政6年(1859)の神奈川開港に先立ち、開港場における海外との交渉、貿易事務や管轄内の取締等を主務として、新しく幕府内に設けられた職でした。旗本の家に誕生した依田盛克は、学問に精励して、慶応3年(1867)8月に神奈川奉行並に命じられ、同年10月に横浜戸部の奉行所に着任しました。しかし、翌4年4月、江戸幕府の瓦解により、わずか1年に満たないうちにその職を免じられましたが、この混乱のさなかに最後の神奈川奉行の重任を果たしました。江戸幕府瓦解後は、駿河府中へ移住した徳川宗家の家臣として遠州相良奉行並に任命され、その後静岡藩や静岡県等の要職を経て、明治7年(1874)に外務省に出仕し、対外関係の実務経験を生かし幕末開港期の外交文書の編纂に従事しました。
このような激動した時期に要職を歴任した依田盛克は、愛蔵の品々をはじめ、職務上の古文書や絵図、幕府要人や文化人との交流を示す手紙、学問・教養としての蔵書等、広範な資料を遺しました。これら旧蔵資料は、昭和8年(1933)及び同33年(1958)に御遺族の篤志から県立金沢文庫に一括寄贈され、幕末から明治にかけての歴史や文化を語る貴重な資料として保存されることになりました。
今回の展示では、寄贈された依田盛克旧蔵資料を中心に、当文庫の収集した開港期の関係資料を加味して、激動の幕末から明治期にかけて生きた依田盛克の行迹と人物を改めて紹介いたします。