生涯にわたって多くの作品を制作し続けた猪熊弦一郎の画業の出発点は具象絵画にありました。1922年、東京美術学校に進学した猪熊は藤島武二に学び、デッサンを基本として事物の本質を絵画にあらわす修練を積んでいます。天性の才能に藤島の指導も相俟って、猪熊は美校在学中に穏健な写実の婦人像で帝展初入選を果たし、その後も穏やかで透明感のある作品を描くなどして帝展に入特選を重ねて新進気鋭の画家として活躍します。しかしその間にも独自の作風を求めて次第に作品が変化していきました。猪熊の関心は西洋そして都会的なものへと向けられており、マティス、ピカソ、ドラン、パスキンなどが好んだ作家として挙げられますが、こういった画家たちの影響が見られつつも猪熊独特のデフォルメをほどこし、鮮やかな色彩を用いた単身像や群像を次第に制作するようになっていったのです。このように美校入学からパリへの遊学までわずか15年あまりの間に大きく変化した猪熊の具象絵画は独自の解釈によって驚くほど斬新に描かれ、見る者を飽きさせません。
本展ではこれまで紹介される機会の少なかった美校在学中の風景画や人物像の習作、デッサンの数々をはじめとして、パリ遊学直前の自己を確立しつつあった時期にあたる新制作派協会第2回展(1937年に開催)出品作までを出品します。猪熊が真摯に追求した具象絵画への試みを青年期特有の情熱溢れる作品を通してご覧ください。