昭和3年(1928)年9月、坂本七郎と横地正次郎の勧めで、草野心平は、妻やまと共に群馬県前橋市を訪れます。「旅ではなく」「前橋に住もうと咄嗟にきめた」心平は、翌年6月、上毛新聞社に入社しました。
心平25歳から27歳のこの時期、「新聞紙がチャブ台がわり」という貧窮生活の中、長男雷が誕生します。詩人・心平の出発となる活版第一詩集『第百階級』は昭和3年11月に刊行されました。
この間、萩原朔太郎とのヘボ将棋、前橋の老舗書店煥乎堂の高橋元吉との交友、高村光太郎らとの赤城登山など、年上の詩人たちとの交友がありました。一方で、上州の詩人との交友から、昭和3年12月、詩誌「学校」を創刊。上州の横地正次郎・坂本七郎・伊藤信吉・萩原恭太郎らと、磐城平の三野混沌・猪狩満直が作品を発表しています。
心平が前橋を去るのは、昭和5年11月。前橋時代の作品も収めた詩集『明日は天気だ』は、昭和6年9月に刊行されました。
本企画展では、草野心平の前橋時代に焦点をあて、活版第一詩集『第百階級』、詩誌「学校」を中心に、その詩人としての世界の広がりを、交友のあった上州の詩人と共に紹介します。