東京藝術大学大学美術館には完成された美術作品の点数よりも、教育資料として収集された下絵、写生帖などが数多く保管されています。下絵や写生といえども、歴史的にその価値が重要な資料も多く、今回の展覧会に出品する予定の柴田是真の下絵・写生帖もその貴重な資料の一群といえましょう。
柴田是真は文化4(1807)年に江戸両国に生まれ、円山四条派直系の絵師および江戸蒔絵を継承する蒔絵師として、幕末から明治前半に活躍し、初代帝室技芸員のひとりとして明治24(1891)年に世を去った、19世紀日本美術を代表する逸材のひとりです。しかし、その作品の大半が焼失あるいは海外に流出してしまったために、これまで一般にはあまり知られていませんでした。
東京藝術大学は昭和50(1975)年に、柴田是真の三男梅沢隆真の次女梅沢妙氏から、震災や戦災を越えて大切に守ってこられた柴田是真の下絵と写生帖を譲り受けました。現在は、東京藝術大学大学美術館が所蔵する柴田是真の資料は、明治宮殿千種之間天井画下絵112枚、常御殿杉戸絵下絵10枚、写生帖95冊などで、是真の芸術を凝縮させたような質の高い貴重なコレクションですとりわけ鋭い観察眼に裏付けられて、流麗にして確実な線で精緻に描かれた植物表現は、大作品におとらない第一級の芸術作品として十分に観賞に値し、さらに、現代の様々なデザインの参考資料にもなりうる魅力を持っています。
明治宮殿が昭和20年に戦火によって焼失してしまったため、千種之間の壮麗な天井はモノクロ写真およびこの下絵類でしか確認できません。このたびは、宮内庁のご協力のもと、明治宮殿の内部写真および実際の下図を題材にして、この見事な天井画の色彩および文様の再現をコンピュータグラフィックスで試み、現物の下絵も合わせて展示します。されに、是真の芸術の真髄である卓越した筆遣いを見せる写生帖も展示します。