兵庫県神戸市出身の昆虫画家として知られた稲田務さん(1949~2022)の回顧展を開催します。
本展では、1973年、24歳の時に描いた『アオカナブン』や『シロテンハナムグリ』から、72歳に最後の仕事になった、福音館書店月刊「かがくのとも」(2021年9月号)『ナナフシ』絵本原画まで、約50年にわたって表現を研究しながら描き続けた絵画を紹介します。
稲田さんの絵画は、3種類に大別されます。1つ目は、稲田さんの絵としてよく知られている絵本や図鑑の挿絵として、生涯描き続けた昆虫画です。観察に基づく昆虫の生態を緻密な描写で生き生きと表現した作品です。2つ目は、1991年以降に多く描かれた静物の細密画です。精緻な表現で「烏瓜」などの植物、瓶や貝殻など身近にある素材をモチーフにして、手製の竹ペンを用い、墨汁とパステルで描き、静かな存在感が伝わる作品です。3つ目は、2013年以降の晩年にタンポやブラシを使って、主に墨汁で描かれた黒い絵と言われるものです。生まれ育った神戸の町や母への追慕、終の住処となった遊佐金俣の家や庄内の自然、好きだった犬や烏など、自分の内面に深く刻まれた思いを、自己存在の証しとして、人に知られず描き遺した作品です。
稲田さんが終生貫いて、身近にあった好きなものと内面を見据えて描いたそれぞれの絵画は、どれも命への慈しみと純粋な感性が息づいている世界です。ぜひご覧ください。