富本憲吉(1886-1963)は、「色絵磁器」で第一回の重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定され、陶芸界で二人目となる文化勲章受賞者となった陶芸家です。日本の近代陶芸の歴史においても、個人の美意識に基づく作品の制作を初めて成し遂げた先駆者として名高く、欠くことのできない存在です。作陶では「模様から模様をつくらず」という言葉を生涯の信念とし、写生にもとづく数々の優れた文様を創作し、それらを作品に描きました。作品については、白磁・染付・色絵・金銀彩などに代表される極めて格調高い作品群が中心であり、また多くの人々がそれらを思い浮かべることでしょう。
その富本が、奈良の安堵村で本格的に作陶活動をはじめて間もなくの1917年に、「私は今年から出来得る限り安価な何人の手にも日常の生活に使用できる工芸品をこさえたいと思い出しました。このことは私に取って随分重大なことで、今後の私の進むべき道に非常な関係があることと思います。」という文章を残しています。
このような、かなり早い時期から日常のうつわに強い関心を寄せていたことはあまり周知されていません。その後の富本は、その気持ちを具現化するかのように、信楽(滋賀)で作陶を行ったのを皮切りに、波佐見(長崎)、益子(栃木)、瀬戸(愛知)、九谷(石川)、京都など、国内各地の窯業地に赴き、その地でつくられた既製の素地に独自の模様を描いて、日常の生活に結びついた陶磁器の制作を積極的に行いました。その活動は窯業地における陶磁器生産にも大きな影響を与えたのです。
本展では、富本が「安い陶器」、あるいは「万民のための安価な陶器」と呼んだ、量産を目的につくられた日常のうつわを広く紹介します。またあわせて、それらと同じ時代に富本が生み出した白磁や染付、色絵・金銀彩の代表作も展示し、その活動に求めた富本の想いを探ります。