西村画廊は2024年6月に創業50周年を迎えます。
当画廊は、6月25日(火)から8月10日(土)まで、ブリジット・ライリーの版画展“PRINTS 1972-2018”を開催いたします。本展は、作家自らが厳選したスクリーンプリント20点による、当画廊で5度目20年ぶりの個展となります。
1931年ロンドンで生まれたブリジット・ライリーは、現在最も重要で影響力のある画家の一人として国際的に評価を得ています。ゴールドスミス・カレッジ(1949-52)とロイヤル・カレッジ・オブ・アート(1952-55)で美術を学んだ彼女は、抽象的な形を駆使して錯視効果を生み出す“オプ・アート(Op Art)”の先駆者として1960年代に躍進し、既存の絵画の概念を揺るがす存在として地歩を固めました。1968年には女性として、またイギリス人としても初めてヴェネツィア・ビエンナーレ絵画部門国際賞を獲得。日本では2003年に高松宮殿下記念世界文化賞を受賞しました。
絵画史の探求と科学的知見の両翼で制作を行うライリーは、周到に調合した複数の幾何学的色面を独自の論理に従って視覚効果的に描くことで、ゆらめき知覚を撹乱する、極めて知的かつ有機的な絵画空間を創出します。自ずと能動的で没入的なものとなるその鑑賞体験において、観者の視線は画面の至るところへ絶えず誘導され、中心も序列もない、非階層的な世界をさまようことになります。それは、ルネサンス以来の西洋絵画の定石であった透視図法という“中心”を捨て去り、聖書や歴史を物語ることをやめ、やがて現実の再現的な描写からも脱却することで絵画の抽象化を推進していった近代美術の巨匠たちへの、ライリーなりの応答のように解釈できます。ライリーはかつて、「私はスーラから、色と光について、『光』は色から作り出せるという重要なことを学んだ。私は相互作用について多くを学んだ。様々な部分における『青』は、あらゆる種類の異なる役割を果たすのだ」と語りましたが、各々の色や形が固有の輝きを保持しながら相互に響き合い、全体としてゆるやかなハミングを織りなす彼女の溌剌として抒情的な抽象画に、我々は印象派/ポスト印象派の絵画を前にしたときと同じく、水面や空、緑に戯れるまばゆい光を視ることも可能でしょう。神という“中心”が希薄化した現代の市民社会を生きる寄る辺ない我々にとって、近代絵画の偉大なる達成を咀嚼し、更新したライリーの絵画は、馴染みやすく、同時に底知れぬ深度を感覚させるものとして現前します。
ライリーの仕事において、混色やにじみがなく複数の色を正確に表現できる版画技法・スクリーンプリントは、活動初期から重要な位置を占め、1962年から現在までに制作された110点近い版画作品のほぼ全てがこの技法によります。
本展では、1972年の第8回東京国際版画ビエンナーレ展(東京国立近代美術館/京都国立近代美術館)出品作で大原美術館賞を受賞した“Coloured Greys[1]”(1972)から、薔薇の豊潤な美しさを12色で表した“Rose Horizontal”(2018)まで、その多岐にわたる変遷をご覧いただけます。ぜひご期待ください。皆様のご来廊を心よりお待ちしております。