蝶の群れが海を渡り、貝殻は砂に横たわる。「蝶と貝殻」の連作は、画家・三岸好太郎(1903-1934)がその早すぎる晩年に到達した、白日夢のようなイメージの世界です。
同時代の詩壇では、安西冬衛(1898-1965)が三岸に先駆けて、短詩「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」を発表(詩集『軍艦茉莉』 1929年)。茫漠とした海に蝶の孤影を浮かび上がらせるこの一行詩は、日本のモダニズム詩を代表する作品として今日まで評価されています。
ふたりは生前会うことはありませんでしたが、冬衛が活躍した『詩と詩論』(1928-1931)の同人に、好太郎の友人・外山卯三郎がおり、好太郎は同誌を通じて冬衛の詩に接していたと思われます。一方、冬衛は1935(昭和10)年の独立展で好太郎の遺作を実見して高く評価。戦後、焼け跡の都市風景に好太郎の《オーケストラ》のイメージを重ねるなど、後年まで、好太郎に言及しています。
本展は、昭和初期にモダニズムの旗手として注目を集めた画家と詩人の芸術を、「蝶」を共通項として紹介するものです。ふたりの芸術家のみずみずしい感性の響きあいをご覧下さい。