深沢幸雄(1924-2017)は、山梨県南巨摩郡増穂町(現・富士川町)に生まれ、東京美術学校(現・東京藝術大学)の工芸科で彫金を学びました。戦後は千葉県市原市鶴舞に移り住み油画の制作を行っていましたが、戦時中に受けた右膝の打撲痕から発病し、以降6年間にわたり右膝をコルセットで固定した不自由な生活を強いられることになります。闘病中に机上でも制作できる銅版画に取り組み始め、独学で様々な技法を習得します。1963(昭和38)年には、メキシコ国際文化振興会の依頼により、メキシコシティで銅版画の技法を教えるため初渡墨。以降メキシコ文明に影響を受けた力強い色面の大型版画を多く制作しました。また1981(昭和56)年にはチンタラー一世と名付けた自動目立て機を開発し、メゾチントと呼ばれる技法を駆使した幻想的な作品を作り上げました。
深沢は「もちろん豊富、自在な語彙を持つことは重要だが、それだけでは良き文学は生れないし、その反面それが無くては叶わぬから厄介なことではある」と自著『銅版画のテクニック』(1966年/株式会社ダヴィッド社発行)の中で銅版画の制作を文学になぞらえて語りました。その言葉のとおり、深沢は絶えず新たな画題と技法の研究に励み、得た知識を広く公開し、日本の銅版画のすそ野を広げるべく長年にわたり尽力しました。深沢はその生涯で1,100点を超える作品を制作した多作な作家であり、展覧会でそのすべての作品を網羅することは叶いませんが、本展は深沢の残した作品の中から年代ごとに作風の変遷をたどれる約200点の作品を選び、展示することで、深沢が歩んだ長い制作の旅路を共にたどろうとするものです。詩情あふれる深沢の作品を、ぜひご鑑賞ください。