この度小山登美夫ギャラリー天王洲では、染谷悠子展「野花の中にあなたを見る」を開催いたします。
本展は作家にとって7年ぶりの個展となり、新作を中心に発表いたします。
【染谷悠子と作品に関してー身近なリアリティの現代の花鳥画】
染谷悠子は身近な風景を、自身の幼少期の思い出、生活の変化から感じ取った死、生、出産、自然など生命の根本とからめて捉え、独自で新たな表現を切り開いているアーティストです。様々な動植物が混在する幻想的な染谷の作品は、現代の花鳥画と言えるかもしれません。
染谷は制作において、まず鉛筆で下絵を綿密に描きます。それを型として着彩した和紙にトレースして線と形をちぎったり切り出したものを、キャンバスに何層も重ね、貼り、画面を構築していきます。そして最後に研ぎあげた鉛筆や墨で描き、くずしながら作品世界を作り上げていきます。
時間を消していくように余白を描き、花が開く音や花びらが落ちる音が聞こえるように表現し、言葉を綴るように作り上げられた作品は、まるで自然を慈しむ一片の詩のようです。
そして2010年代には時間をかけ、伊藤若冲の水墨画の表現である「筋目描き」に注目、研究してきました。筋目描きを主体とすることで、染谷作品はさらに広がりを見せることになります。
制作についてアーティストはこのように言ってます。
「私の描く絵の中には、鳥、蝶、花々、蜘蛛の巣、そして水を象徴的に捉え存在させています。
これらはすべて私が幼い頃に夢中でつくった物の素材達です。
私が「幼い頃に夢中でつくった物」の中の1つに、虫たちのお墓があります。
その行為の中で、命の儚さに対する鈍感、そして死という非日常に対する心の不準備の時期に起こりうる、
一種の凶暴性のようなものが共存しているように感じました。
幼いながら、その鈍感と凶暴性を認識した時に、自分という得体の知れない親しい存在も認識しました。
そして当時かき集めた野花や蝶や鳥の羽、蜘蛛の巣にかかる虫たち、すぐに死んでしまう彼らの儚さや小さな物語、この存在を描くためにたどり着いたのが、和紙、墨、鉛筆 そして版表現です。
和紙はちぎると毛になり、墨はあそび、鉛筆は空間を歩きます。そして版技法は非現実的な色使いを作品に与えてくれるのです。」
染谷悠子
【本展および出展作に関して
ー自然の強い美しさ、怖さ、生活の変化で生まれた神秘的な感覚】
山並みに雲、雨、雷が描かれた新作「知でなく意ではない。」は、今まで体験したことのない、溢れかえるような自然を体験し身体が驚いた感覚を表現しました。
関東平野の埋め立て地で生まれ育った染谷が、自然の強い美しさ、怖さを浴びる生活の中で人にとっての自然とは何だろう…と考えタイトルにしたのがこの作品です。
「悩み事が多い人」は、「トゥルパシリーズ」と呼ぶ静物画の一つです。「トゥルパ」とはチベット語で「分身」を表し、神霊的、精神的力によって作られた意志をもつ存在を意味します。
染谷が出産後、いつもと同じ家への帰り道を歩いた時、強い視線を感じそちらを向くといつもと変わらない木があるだけだった。また別の場所で視線を感じそちらを向くと自生している草花があるだけだった、植物から視線を感じ、人に似たエネルギーを察知するようになった、その神秘的な感覚を表しています。
染谷にとって、花は「死」から遠い存在だといいます。花や草木には「死ぬ」という言葉ではなく「枯れる」という表現をすることを、とても美しく感じるからです。
日本の歴史的な表現の伝統を受け継ぐことも、今の染谷にとって自身の生の継承と確かに重なり合い、鋭敏な感覚と画面の霞んだ淡い色彩のグラデーションにともなって自然の生と死の循環の瞬きを私たちに表してくれます。
この貴重な機会にぜひお越しください。