この度小山登美夫ギャラリーでは、日本での初個展となるサム・フォールズ展を開催いたします。
自然や光、時間、偶然性をもとにしたフォールズの制作プロセスは、非常に特徴的です。
地面に置いたキャンバスの上に、染料と、そこに生えている草花や枝などの植物を一緒に配して一晩ほど放置し、その後植物を取り除く。雨や雪、霧、朝露など、そのときどきの大気の状況により染料が変化していき、画面に有機的な自然の輪郭と、生と死の循環のメタファーが満ち表れます。
作品は、その場所固有の植物によりさまざまな構成がうまれ、季節的な要素にさらされます。まるで元の植物の自然環境がそのままあらわれているかのようです。
日本では昨年2023年虎ノ門ヒルズの車寄せの大きな陶板制作や、森美術館「ワールドクラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」に出展し、大きな話題を呼びました。
本展ではペインティング作品と、陶のフレームと写真を組み合わせた新作を発表します。
【サム・フォールズについて
ー物理学、言語学、哲学からアートへ、ファッションとのコラボレーションもー】
サム・フォールズ(1984生まれ)は、アメリカバーモント州で育ち、現在はニューヨーク市内およびハドソンバレーを拠点に制作活動を行っています。アメリカのリード大学で物理学、言語学、哲学などを学んだ後、2010年ICPバード芸術研究課程修了しました。
主な美術館での個展として「We Are Dust and Shadow」クリーブランド現代美術館、オハイオ州、2023年)、「Nature Is the New Minimalism」(トレント・ロヴェレート近現代美術館、イタリア、2018年)、アーマンド・ハマー美術館(ロサンゼルス、2018年)、The Kitchen(2015年)、Ballroom Marfa (テキサス、2015年)あり、第21回シドニービエンナーレにも参加。
2023年には「We Are Dust and Shadow」(クリーブランド現代美術館、オハイオ州)、ドリス・ヴァン・ノッテンのロサンゼルスのスペース The Little House でも開催している他、2019年にはルイ・ヴィトンとのコラボレーションでバッグ・カプシーヌのアートプロジェクトにも抜擢、多角的に活躍しています。
【本展および出展作について
ーアートと自然の共作、鑑賞者をつなぎ、生命の存在と儚さを体感するー】
フォールズの作品は、ペインティング、写真、陶、ランドアート、ヴィデオインスタレーションと多岐に渡り、それぞれの分野を融合し、異なる要素を共存させる点が大きな特色と言えるでしょう。
ペインティングにおいて、植物を取り除いて現れるイメージは、ろうけつ染や「フォトグラム」のような最初期の写真の露光の手法とも通じています。
また陶フレームの写真作品の制作では、フォールズはまずインスタントフォトで咲いている花を撮影します。その後何週間かのちに枯れたその花をつみ取り、それを成形した陶板に並べ押し付け、焼き、植物は灰になり、その形の跡が固まります。写真は花の盛りは過ぎたことを表し、実際の花は陶フレームの中に埋められることで、生命の儚さと自然のサイクルを多層的に表現。また写真は現在では生産発売中止となっているFUJIの大判インスタントフィルムを使用することで、人間の絶え間ない消費をも暗喩しています。
また彼にとって作品とは、アーティスト、自然などの対象物、鑑賞者を繋ぐ役割を果たすと考えています。
フォールズの手によって草花と染料が配置されたキャンバスは、日が落ちた後に月の光に照らされ、露がつき、時に雨、風もはげしく吹き荒み、また日が昇り光を浴び乾かされる。
作品の構成はアーティストによって作り出されますが、色や美しさは天気によって決められるのです。
初春の雪のおだやかさから、春から夏に向かう兆し、夏の日差しの強さ、その時々の季節の変化や状況が色彩に反映され、よく見ると作家や動物の足跡、虫の這った跡、時の経過も内包されているようです。それはアートと自然の共作でもあり、その変化は生命、人生そのものであるともいえます。
森美術館館長の片岡真実は、虎ノ門ヒルズパブリックアート制作にあたり、フォールズの作品について下記のように述べました。
「都会の真ん中で暮らす人々に、季節感や自然の味わいをどう感じてもらえるか。ガラスや金属やコンクリートなど硬質なものに囲まれた生活の中に、こうした手の温もりや自然の情景が感じられる作品が必要なのではないかと思っていました。」
(「虎ノ門ヒルズ・レジデンシャルタワーが叶えるアートのある暮らし」HILLS LIFE、2022年)
またサムは学生時代から継続して松尾芭蕉の俳句に感銘を受け、作品にも大きな影響を与えており、作品タイトル「Drape the Dust of this World in Droplets of Dew」は芭蕉の句「露とくとく心みに浮世すゝがばや」から、「Spring Snow」は三島由紀夫の小説『春の雪』からの引用です。
本出展作の1つ「Petrichor(降雨で地面から立ち昇る匂い)」は大きなペインティング作品で、六本木のギャラリースペースを長く横断するような迫力ある展示になる予定です。
鑑賞者はその実物大の草花の輪郭が重なる作品に圧倒され、森の存在性を体感し、自然との対話をすることができるでしょう。
しかしそれはなにより、サム・フォールズ自身が自然やその生命の儚さを心から楽しみ、慈しんでいるからこそ人々に深く伝わってくるのだと言えます。この貴重な機会にぜひお越しください。