この度小山登美夫ギャラリーでは、作家の弊廊での2回目の個展「伊藤慶二の絵と陶彫」を開催いたします。
88歳を迎えたアーティスト・伊藤慶二は陶、油彩、水彩、布と糸のコラージュなど、自由にそのジャンルを横断してきました。長年新しい表現にチャレンジし、意欲的に制作活動を続ける姿は多くの若い作家達の指針となっています。
今年2023年6-8月に樂翠亭美術館で開催された「伊藤慶二と薫陶を受けた作家たち」展では、桑田卓郎、新里明士、川端健太郎など現代を牽引する作家達とともに作品を発表し、大きな話題となりました。8月に刊行されたエルメス財団編『Savoir&Faire 土』(岩波書店)でも作品が掲載されています。
本展では、人の顔や姿、動作など、伊藤が継続して表してきた「人間とはいかなる存在か」というテーマにせまり、制作の源流ともなる絵の作品と、表現者としての評価を確立した陶彫の作品を発表、展示します。
【絵と陶彫であらわす人と家
ー 生活に根ざした制作と日常の気づきの視点】
伊藤はやきものが盛んな岐阜県土岐市に生まれ、武蔵野美術学校で森芳雄、麻生三郎らに師事し油画を専攻。その後岐阜県陶磁器試験場デザイン室に籍を置き、クラフト運動の指導者、日野根作三に大きな影響を受けました。その後自らやきもの制作を手がけ始めます。
その経歴からも読み取れるように、伊藤にとって、絵と陶の制作は、それぞれが影響し支え合っている、切ってもきれない関係です。工房に薪窯を自ら設計し、70歳の頃、自宅内に絵画のアトリエも設置。寒い時には絵を描き、暖かくなると土いじりをと、季節の変化を感じながら同化作業しており、陶彫から絵の展開には思いもよらぬ結果を得ることがあると言います。
今回の作品で特徴的なのは、人物と家の形を表していることです。
人物は「面(つら)シリーズ」の、その表情は奈良の仏像、能楽堂での能面など、若い時にインスピレーションを得たものがどこか形に出てきており、細い線で目と鼻と口があれば人のように見えるという不思議さ、時代を超えた「人間」の存在性が現れています。
家は昔の竪穴式住居のようでも、現代的なビルのようでもあり、シャープで繊細な輪郭線が作り出す、重圧感ある存在として表されています。
どの時代、場所でも人と家の関わりはあり続け、またその形は多種多様である。私たちに当たり前すぎて忘れがちな「人と家」の関係やあり方、自然から身を守る「家という存在」という謙虚で愛情深い視点を改めて気づかせてくれます。
【伊藤慶二のたおやかで自由な哲学性
ー美術の基礎と先駆性】
伊藤は陶のアーティストとしては珍しいほどに、デッサンの重要性を説いており、陶の制作はまずスケッチで一度平面に描きおとし、次に立体化、大きさによりミニチュアも作ります。また空間と作品の関係性にも敏感で、自身で展示レイアウトも練りあげます。
「自分の中で陶とキャンバスに越境はなかった」とジャンルにとらわれない伊藤の自由な哲学性には目を見張るものがあり、近年現代アートにおいてペインターが陶芸の表現を試みる事が多い中、伊藤はその越境の先駆者といえるでしょう。
「やきものという素材が、他の分野の表現に適用する素材になっていっているんじゃないかと。現代アートでやきものが取り上げられるのも一つの例になるんじゃないか」
(伊藤慶二、中日新聞取材より、2022年1月)
絵画は、1本の線がキャンバスに最後まで残ることもあるが、やきものは最後火に託す。土の色や質感を引き出すため、焼き締めた土肌に顔料を塗って拭き取るなどの絵画的なアプローチも見られ、それぞれの特徴を考察し、楽しみながら一分の隙も許さない的確なフォルムを示す。伊藤は広大な視野で「伊藤慶二の作品世界」を作り上げているのです。
すでに確固たる評価を得ながらも、安定を求めず常に新しい道を模索し続ける伊藤慶二。彼のその模索の途次をぜひご覧ください。