世に「浮世又兵衛」と呼ばれて知られ、独自の画風で一世を風靡した又兵衛は、絵画の世界に大きな影響を与え、のちに「浮世絵の開祖」であるとして伝説的な存在となりました。かつて昭和の初め頃に至るまで、江戸時代初めの時代のある風俗画は、ほとんどすべて「又兵衛(あるいは又平)」の作として名付けられていたのもその一つの現れです。
しかし現在では、明治後期以降この伝説の画人の実像を求めて巻き起こったいわゆる「又兵衛論争」とその跡の顛末でさえも、またひとつの伝説のように語られがちです。新聞紙上まで賑わす論争が繰り広げられたり、デパートで開催された絵巻の展覧会に大行列ができたりといった、かつての熱気が信じられないほど、残念ながら一般の知名度も低くなっているのが又兵衛をめぐる現状といえましょう。
千葉市美術館では、開館以来、江戸時代絵画、特に浮世絵派の収集と紹介を活動の一つの柱として力を注いでまいりました。本展は、その元祖とされ江戸時代以来それほどまでに大きな存在であった「浮世又兵衛」とはなんだったのか、岩佐又兵衛の功績について伝説化の様相も視野に入れた観点から取り上げるものです。かつて多くの人々を圧倒してきた独特の人物表現の魅力を再び感じ、また、現在に至るまでの又兵衛作品を取り巻く状況にも思いをめぐらしていただけることを願い、構成する展覧会です。
1949年の又兵衛三百年忌以降、ゆかりの地である福井県立美術館においては又兵衛とその後継者の活動に特に焦点をあてた展観が二度開催されましたが、本展は、神奈川県立近代美術館における1971年の展観以来、関東圏において約30年ぶりに岩佐又兵衛の作品を概観する大規模な展覧会となる予定です。
特に、全長各巻13メートル以上、全12巻から20巻にもおよんで、緻密かつ濃彩で目もくらむほど豪華絢爛な画面が延々と繰り広げられる、古浄瑠璃に題材をとった絵巻群は、重要文化財「山中常磐絵巻」「上瑠璃物語絵巻」をはじめとして、近年新発見が相次いだ「堀江物語絵巻」(残欠本)ほか、現在知られている主要作全てが展示される初めての機会となります。