写真家・安井仲治(1903-1942)の生誕百年を迎え、彼の全貌を紹介する初の本格的回顧展を開催いたします。
この偉大な写真家は多くの人たちに惜しまれ、1942年、38歳で亡くなりました。しかも代表作の多くが戦災に遭い、焼失してしまいます。それでもなお安井の仕事は、関係者の努力により伝えられ、土門拳、森山大道をはじめ多くの写真家たちに深い影響を与え続けてきました。
安井が活躍したのは、まさに十五年戦争の時代でした。自分の目で本当に見ることをめざした彼の方向は、決して時流に合致するものではなかったのです。弱いもののなかの強さ、みすぼらしい表層から湧き出る美、小さなものたちの輝きに、安井の眼は温かくよりそい、深く食い入っていきます。矛盾や圧迫、病や死の予感を受け止め、安井は事物や状況の表層を喝破し、時代の深層に切り込み、生の不条理にまで肉薄していきました。
スナップ、新即物主義、構成写真、ルポルタージュ、ソラリゼーション、シュルレアリスム、抽象表現……安井は1930年代に出そろった、全てのスタイルを吟味し、そのどれにもとらわれませんでした。あらゆるものにカメラを向ける広さと、現実の断片の中から、強烈な象徴性をつかみ出す深さを備えた作家だったのです。
今回、新発見・初公開の十数点を含む、ヴィンテージプリント約180点を展覧いたします。そして、病床の安井が最後に整理した膨大な数のフィルム、ガラス乾板から、代表作約70点を新たにプリントします。詳細な調査に基づき、精確なトリミングで重要作品を蘇らせる計画は、作者没後初めてのことです。さらに、ライカで撮ったコンタクトを紹介し、知られざる安井の撮影現場を生き生きと伝えます。
かつて彼は百年後の写真を予言して「其芸術としての立場は恐らく余り進歩しますまい」と書いたことがありました。安井仲治の写真は、少しも古びていないどころ、現在見えなくなっているものに気づかせてくれる新鮮さがあります。約250点の作品に豊富な資料を加えた本展は、写真のすべてを追求した巨人・安井仲治の、本当の仕事を通覧していただける初めての機会です。