この度小山登美夫ギャラリーでは、須藤由希子展「旅 ー チューリッヒ」を開催いたします。本展は作家にとって弊廊における初の展覧会となり、新作約8点を発表します。
【須藤由希子と作品について
ー日常の美しい景色への感動、作品と心が密接につながる】
須藤由希子は1978年神奈川県生まれ。2001年多摩美術大学美術学部デザイン学科グラフィックデザイン専攻卒業し、現在神奈川県で制作活動を行なっています。
古い家や庭、駐車場に生えた雑草、小学校のプールなど、、須藤は道を歩いて出会い、心を強く掴まれた日常の美しい景色を緻密に描いてきました。作品からはそのときの感動や、自分の心まで美しくなったように感じたという、作家の昂揚が静かに伝わってきます。須藤自身「絵は心を写すもの」「(自分が生まれ育ち、生活する場所の中で)美しいものを探すことは今現在の状況を認め、愛すること」と語るように、作品において表現と作家の心、アイデンティティが密接につながることは大きな特徴といえるでしょう。
画材も自身が一番しっくりくる鉛筆を使用しています。
鉛筆の少し青みがかった色、質感、こすった感じ、消え残る様子、細部をしっかりと描きたいという欲望もかなえてくれる画材です。鉛筆の色は須藤が灰色のコンクリートの住宅街で生まれ育ったこと、また線画であることは、幼い時から馴染んだ漫画やアニメの影響とつながるといいます。
各々のモチーフを個別に克明にとらえ、陰影がない平坦な景色の組み合わせにより、パースペクティブは独特なゆらぎと絶妙なリアリティをかもしだしています。ところどころ水彩で着彩された部分は、須藤の印象に残った箇所であり、そのモノクロとカラーの両立は、観る者の想像力をより駆り立てるでしょう。
国立国際美術館 主任研究員の安來正博氏は須藤作品に関して次のように述べています。
「須藤の絵を見た時に多くの人が納得するのは、それが親しみやすいからというよりは、恐ろしいほどにわれわれの認識のあり様の正鵠を得ているからに他ならない。」
(『ノスタルジー&ファンタジー 現代美術の想像力とその源泉』国立国際美術館、2014年)
須藤は「第16回 ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館(キュレーション:貝島桃代)」(2018年)「Late Autumn Weeds Exhibition」(107 S - CHANF、スイス、2019年)、 「センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ」 (ヴァンジ彫刻庭園美術館、2020年)など国内外で多くの展覧会に参加し、作品は国立国際美術館、横浜美術館、東京都現代美術館をはじめ、国内外の多くのコレクターにも所蔵されています。
(作家の詳しい情報はこちらをご覧ください:http://tomiokoyamagallery.com/artists/yukiko-suto/)
【本展「旅 ー チューリッヒ」、新作について】
いままで主に日本の住宅街をモチーフとしてきた須藤ですが、本展の新作では、2019年スイスで個展をした際チューリッヒの街を散策し、人の営みと自然が良いバランスを保っている風景に心を奪われ、癒された場所を描いています。
本展に際して、須藤は次の自身の言葉で表しました。
あらゆる国のあらゆる場所は、そこに住む人にとって故郷です。
「私」という主語をとってしまえば故郷は世界中に広がると考え、今回はチューリッヒの素晴らしい日常風景を描かせていただきました。
チューリッヒの街は大きな駅のすぐ隣に緑豊かな公園があったり、
大きな道路が交差しているジャンクションのすぐ近くの川で人々がのんびりと水浴をしていたりと、
先進的な生活と自然がとても近しいように思いました。仕事で疲れたら、すぐに癒して、また仕事に集中できそうだなと。自然にふれると心がいつの間にか落ち着き、頭が冴えているのを感じます。
自分の好きなものを強く意識することで新たな素晴らしいものを作り出していくことに繋がると思っています。
古い家にはその人が暮らした歴史があります。自分や家族への愛、幸せや癒し、快適さなどが積み重ねられてきたことは、他の人から見ても感じることができます。
また雑草は、あるがままに自分らしく生きている姿が感動的に美しく見えました。
しかし、描き終わった作品をみると、ちょっとこわかったり、苦しそうな空気を感じて驚きました。
私はこのシリーズに携わっている時期、実生活において心の苦しくなるようなことが多かったので、心癒される景色を選び、描いたのだなと気づきました。
まさに、絵は自分そのものだなと思いました。
これらの作品を見てくださる方々にとっては、またそれぞれにご自分の心を反映して感じていただけるのだろうと思います。
須藤由希子
チューリッヒの自然と風景、日常の中にあるささやかな幸せ、丁寧な描写と移り行く感情。その静謐で緻密な画面から、鑑賞者はいつか見たことがある風景のような、線と時間の重なりの、遥かな気配や雰囲気に没入した感覚を覚えるでしょう。この貴重な機会にぜひご覧ください。