久野利博は、1948年、愛知県に生まれた造形作家で、現在、名古屋芸術大学で教鞭をとっています。1970年代半ば頃から作品を発表し始め、80年代の始め頃には、日本やヨーロッパの風景の中に自分の身体を横たえてそれをカメラで捉えた作品を発表しています。自分の身体と空間の関わりについては、それ以降の作品の中でも継続して探究され、木のベンチをはじめとして、日常的な素材を使ったインスタレーションによる空間の創出が彼の作品の主なテーマとなります。
今回展示される作品は、1998年のサンパウロ・ビエンナーレ(国別代表部門)に出品された作品を基本に、名古屋市美術館の展示室に合わせて再構成したものです。木のベンチ、ブロンズの壷、生番線。それに、中華料理のお玉や火山灰…。久野利博がインスタレーションとして配置したこれらの物体は、本来の用途を離れて、それぞれが底光りするような存在感を得ています。しかし、それらは決して主張しすぎることなく、あくまでもさりげなく、その場に存在しているのです。その空間には、私たちが文明社会の中で置き去りにした、昔の記憶が宿っているようにも感じられます。久野利博の作り出す空間を歩く私たちは、ひとつひとつの物と対峙しつつ、自らの身体によって物と物との間に立ち現れる空間を体感し、もうひとつの時空へと誘われることでしょう。