1920年代に版画誌や技法書、展覧会などを介して作り手を増やし、全国に「版画熱」を波及させた日本の版画は、1930年代、戦争への傾斜とともにその様相を変えてゆきました。版画ブームの余韻も未だ濃く、ついに海外での展覧会を実現させた華やかな30年代の前半から、版画誌がひとつひとつ姿を消し、作家たちの多くが彫刻刀を手放した後半へと、わずか10年の間に状況は一変したのです。 そうしたなかで、時代を超えて鮮烈な輪郭を結ぶ何人かのスターが現れました。例えばそれは、幻想的な物語絵を紡いだ谷中安規であり、痛々しいほどに鋭敏な感性で都市を刻んだ藤牧義夫でした。そして版木に潜む魂を抉り出すような作で、衝撃的なデビューを果たしたのがかの棟方志功でした。また美しい版画本や詩画集を世に問い、時代へのささやかな抵抗を試みた出版人たち―版画荘の平井博やアオイ書房の志茂太郎らの存在も忘れてはなりません。
本展では、約300点の作品を集めて1931 (昭和6)年から1940(昭和15)年の日本版画を概観し、版画にとってこの時代がいかなるものであったかを検証します。作家たちの迷いや揺れをも含め、今日の私たちに示唆するものは大きいと考えます。なおこの展覧会は、1997年以来千葉市美術館で開催しておりますシリーズ展「日本の版画」の第四弾でもあります。