1936年に東京の渋谷に生まれ、東京藝術大学の油絵科で学んだ高松次郎は、読売アンデパンダン展に出品、二十代の頃から現代アートの旗手として注目されていました。66年に東京画廊で個展を開催、68年にはヴェネツィア・ビエンナーレに出品するなど、日本だけでなく海外においても注目を集めました。彼の活動の初期は、中西夏之や赤瀬川原平と結成したハイレッド・センターという匿名性の強い現代アートのグループ活動が雑誌などのマスコミを通して知られていますが、高松個人として注目されたのは、ものの実体ではなく影のみを描いた「影」シリーズの原画でした。画面上の文字が表す意味がその文字自体になるという『英語の単語』など、概念的な作品が特に評価されましたが、「影」の後は、「遠近法」、「単体」、「複合体」、「平面上の空間」、「形」と、さまざまなシリーズを展開させました。ここのシリーズの表現がそれぞれ非常に異なるため、高松次郎という作家の作品は一貫性を欠くように見えます。しかし、彼が生涯に残した2000点を超えるドローイングを見ていくと、見え方はまったく異なるシリーズが、実は丹念な思考の積み重ねにようるものであるということが分かります。今回の展覧会では、完成作品と、それにいたるまでのドローイングを比べながら見ていくことで、一人の作家の思考が積み重ねられていくようすをたどります。なお、今回の展覧会では、1974年に博多の福岡シティ銀行本店のために制作された応接コーナーである『影の部屋』の実物大再現展示を行います。本店の設計者である磯崎新が特に高松に依頼して作られたこの部屋は、壁、飾り棚、絨毯に影が描かれており、部屋に入ったときに壁に映る本物の影と重なって不思議な効果をあげます。高松次郎の思考の世界を立体的に楽しむことができる展覧会となるでしょう。