アーティスト・吉野祥太郎(よしの・しょうたろう、1979年生まれ)の主題は「土地の記憶」です。吉野は国内外において、土地と人との関わりをたどりつつ、その土地を成立させている記憶との対話を通して、大規模なインスタレーション作品や立体作品などの制作をおこなっています。また彼は、土それ自体に記憶が堆積していることを強く意識し、土を表現素材としてもちいるほか、記憶の層としての土を地面ごと持ち上げ「立てる」というインスタレーションも世界各地で実践しています。
吉野はこれまで、来訪者として各地に赴き、新たな視座からその土地の記憶を見いだし、大切に持ち上げることによって、作品へと具現してきました。いっぽう、本展の開催地となる吉祥寺は、吉野が幼少期から親しみ、時を過ごしてきた土地であり、いうなれば、彼自身の記憶も吉祥寺という土地の一部を成しています。彼は今回の作品制作に向けた取材の過程で、生まれ育った人、移り住んできた人、通勤している人、たまたま訪問した人など、吉祥寺を行きかうさまざまな人びとに会い、吉祥寺に存するさまざまな記憶に触れてきました。それはとりもなおさず、吉野自身の記憶を再認し、現在の吉祥寺に積み重ねなおす作業であったに違いありません。
吉野祥太郎の新展開となる本展は、大小の彫刻作品とインスタレーションによって構成されます。吉祥寺という土地に堆積し、いままさにこの土地を「吉祥寺」として立ち上げる無数の記憶のうえに、吉野は新たな記憶を立てます。吉野の作品をとおし、私たちもまた、私たち自身の素地にある記憶と向きあい、ふたたび持ち上げ「立てる」こととなるでしょう。その体験はまさに、自己存在の再発見でもあるはずです。
先ゆきの見えない時世にありますが、本展が、私たちがいまここに立っているということを問いなおす機会となるよう、願ってやみません。