洋画家・中村研一(1895-1967)は福岡県宗像市で生まれました。4歳の頃、鉱山技師だった父の仕事の関係で愛媛県・新居浜市にも1年程居住していますが、その後は再び宗像の祖父母の家で育ちます。玄海灘や瀬戸内海に面し、海の気配が近いそれぞれの地で十代の半ばまでを過ごしたことで、その光景は原体験として彼の中に根付いたことでしょう。中村の実弟でおなじく洋画家の中村琢二は、幼い頃「けんぼしゃん」との愛称で呼ばれていた兄の造る船の工作が、とても魅力的だったと回想していますが、水平線に浮かぶ船の存在は特に中村研一を惹きつけたようです。
長じて画家になってからも、さまざまな場所で中村は海と邂逅しました。例えば1937年の渡英とジョージ5世載冠に伴う観艦式への参加や、1942年の南方派遣はそれぞれ、その場所ならではの海景を捉えた印象的な作品を生み出すきっかけになっています(表(オモテ)の《海の見える庭》は南方派遣の際、目にした光景をもとに描かれました)。
本展では、このような中村研一の海景に対する親近感から始まる、海と画家との生涯にわたる物語を追いかけます。この物語は実際に行った海を描いた直接的な作品だけでなく追憶の海にも及びます。アトリエで水着姿の妻・富子の姿を描いた《夏》は「"いまここ"にはない海」への想いがどのようなものなのか、色々と想像させるでしょう。
海と画家とのつながりは、時としてはっきりと、時として見えないものとして、さざ波のように連綿と続いています。そのつながりを一つの物語として、中村研一が捉えた海のイメージを探ります。