横浜美術館では、将来さらなる活躍が期待される若手アーティストを紹介する小企画展「New Artist Picks」を、2007年よりアートギャラリーなど館内の展示スペースで開催してきました。
大規模改修工事のため休館中の今回は、その特別版となる「Wall Project」として、横浜美術館正面のグランモール公園「美術の広場」に面した仮囲いで、2回にわたり若手アーティストの創作を紹介します。「村上早|Stray Child」展につづく第2回は、ミレニアル世代の感覚を描き出す、浦川大志(うらかわ・たいし/1994年生まれ)を紹介します。
浦川はデジタルネイティブとも呼ばれる、2000年代初頭に育ったミレニアル世代の作家です。作品にはインターネットやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の急速な普及がもたらした新世代の情報流通のありようが反映されています。
本プロジェクトでは、全て新作による5点の連作を紹介します。
仮囲いに向かって、左から順に「上空から捉えられた横浜」、「地上に立つ横浜美術館や中華街」、そして最後には「海中へと降りていく」という場面の展開があります。線と色面からなる抽象的な画面のなかに横浜ゆかりのモチーフが断片的に描かれますが、横浜との繋がりはそれだけではありません。
一風変わった展覧会タイトル「掲示:智能手机ヨリ横浜仮囲之図」は、浦川がインターネットを探索するなかで見つけた横浜美術館所蔵の歌川広重(三代)《横浜波止場より海岸通異人館之真図》(1870年代)に由来しています。これは当時、外国人居留地であった海岸通(現在の山下公園付近)で、交易品を積み終わり、出帆したばかりの米国船と、それを眺める人物を描いた作品です。画面の一番左手に立ち、おそらく海の向こうの米国船を指さしている二人が、今回の浦川の作品にも登場します。
ただし、指差すものは船のような自分の外にある対象ではなく、自らが描かれる仮囲い自体です。「仮囲いを見る彼ら」の姿は、自然と「実際の仮囲いを見る私たち」の視線に重ねられます。二人の指差しは、私たちに「見る」という行為へと意識を向けさせる仕掛けなのです。
タイトルにある「智能手机」は中国語で「スマートフォン」を意味します。今回掲出されるのは作品を拡大プリントしたシートですが、プリントの上から、浦川によってQRコードが計7か所、加筆されています。私たちがスマートフォンをかざして、QRコードを読み取るときにまた「見る」という行為に意識を向けることになるのです。
スマートフォンのカメラ越しに作品、あるいは世界を見るとき、私たちは単に被写体を見ているのではありません。言うまでもなく、「何か」を見たいからこそカメラを向けるのであり、今日であれば、「何か」をSNS等で共有したいからこそ、カメラを向けているかもしれません。
浦川の作品はそうした視線が示す「見る者の欲望」を喚起させます。ここで作品は広重(三代)の作品に描かれた外国船のように、「自分の外」にあるものではなく、私たち自身もQRコードの呼び掛けに応じて、作中に参入していくひとつの場として機能します。ショッピングモールのショーウィンドウに対面した仮囲いは、浦川の手によって、物言わぬ平面であることをやめ、ひとびとの視線と欲望の行き交わすメディアとなるのです。