日本の木版画といえば、すぐに北斎、広重、写楽、歌麿などの名が思い浮かぶほど、浮世絵は日本だけでなく世界の人々から愛されています。機知に富んだ絵師、繊細な技の彫師、卓抜した腕の摺師。三人の職人の分業によって制作される浮世絵は、モネやゴッホといった印象派の画家たちの眼を驚かせたことでも知られています。
近代日本の木版画は、このような浮世絵の伝統から脱皮して、「自画、自刻、自摺」による美術作品としての版画をめざした「創作版画」にはじまりました。「自ら下絵を描き、自ら木版を彫り刻み、自ら紙に摺る」という版画制作のすべての工程をひとりの作家が行うことで、美術工芸品であった浮世絵を近代における美術作品へと展開させたのです。
これ以降、数多くの画家たちが木版画の制作をはじめ、また専門の版画家たちが登場して、斬新な表現の探究に取り組んで、日本の近代美術のなかに木版画特有の世界を繰り広げました。
戦後になると、国際版画展で受賞するなどの高い評価を得て、美術界における地位も高まるなかで、現代の版画家たちは木版画を出発点にしながらも、リトグラフやシルクスクリーンなど他の版種を併用したり、既存のイメージを積極的に導入したり、版表現そのものについての実験を行ったり、インスタレーション作品へと展開させたり、木版画の可能性を拡大しています。このように現代の木版画は「創作版画」から遥かに離れた地点にありますが、機械化された他の版種にはない木版画の特質(手技性や物質感)を生かすという意味において、「創作版画」の精神は継承されています。
今年は、画家・版画家の山本鼎が1904(明治37)年に最初の創作版画《漁夫》を制作してから100年に当たります。本展は、この記念すべき年を迎えて、各時期を代表する画家・版画家100名の作品(約140点)によって、日本の木版画100年の歴史を回顧するとともに、21世紀の新しい木版画の可能性を展望しようとするものです。素朴な味わいの「創作版画」から現代感覚に溢れた新しい版表現まで、多様多彩な木版画をお楽しみください。