百瀬文は主に映像作品で、他者とのコミュニケーションの中で生じる不均衡をテーマとし、身体・セクシュアリティ・ジェンダーを巡る問題を追求しています。本展では女性声優をテーマにした新作サウンド・インスタレーション《声優のためのエチュード》を発表します。この作品は、「声」だけが聞こえ、性別を判断できるキャラクターの容姿やしぐさが映し出されるアニメーションがありません。映像と切り離された「声」には、性別が視覚的な情報に分類されない流動的な存在として表れます。新作の他に、耳の聞こえない女性と耳の聞こえる男性との触れ合いに生じるすれ違いが映し出される《Social Dance》や、百瀬の父親が百瀬の書いた173問の質問項目に口頭で答えていくなかで、その回答が父親の意志から離れていく《定点観測(父の場合)》など、性別や世代の異なる他者との関係やその背後にある見えない存在や抑圧が映し出された作品を出展します。展覧会タイトルの「口を寄せる」は、他者に寄り添う動作を連想させますが、「声」がさまざまな身体を行き来していく様子にもつながります。存在しているのに、抑えつけられ、ないものとされていた「声」に、耳を傾けてみてください。