ナンシー・ホルト|Nancy Holt
1938年アメリカ、マサチューセッツ州生まれ。
ホルトはランド・アートの旗手のひとりであると同時に、サイトスペシフィックなインスタレーションや映像作品を世に送り出した革新的存在としても知られる。
活動初期である1960年代には、コンクリート・ポエトリーや、「フォトグラフィング・トリップ」と称した撮影を通じて、言語と場所の交差点という、活動全期を通じて何度も取り上げる重要なコンセプトを探求している。
今回の展示では、視覚や場所、システム、環境、地形などのテーマを内包する重要な初期作品と共に、ニューヨークのダウンタウンのアートシーンとホルトの関係性を象徴する映像作品を紹介する。
4台のモニターを使った映像インスタレーション《Points of View》(1974)は、観察とコミュニケーションにおける主観性と可謬性を浮き彫りにする、ホルトの実験的な試みを象徴する作品である。同作は、ニューヨークを代表するギャラリーである、クロックタワー・ギャラリーのために制作された。展示空間の中央には、東西南北に位置するギャラリーの丸窓に方向を揃えて、モニターには四方の窓それぞれから見えるロウアー・マンハッタンの景色が、ホルトの友人たちの対話を録音したサウンドトラックとともに映し出される。モニターごとに異なるサウンドトラックは、言葉と概念の両面で、対話者の物の見方の違いを見事に表現している。窓から見える景色について語り合う4組の対話者は、美術批評家のルーシー・リパードとアーティストのリチャード・セラ(北)、映像作家のリザ・ベアと美術史家のクラウス・ケルテス(南)、彫刻家のカール・アンドレと画家志望のルース・クリグマン(東)、画家のブルース・ボイスとアーティストのティナ・ジルアード(西)である。
ふたりの対話は、言葉と映像の相互作用を瞬時に生み出す。当然ながら対話参加者の精神状態や世界観も、見ているものの解釈に影響を及ぼす。鑑賞者は、対話参加者が語るのと同じ瞬間に目にしているものを理解したい思いに駆られる。映像は、対話参加者、鑑賞者ともに初見である。対話参加者は、鑑賞者に関する予備知識は何も持ち合わせていない。その点では、全員が平等である。
(―ナンシー・ホルト、“Some Notes on Video Works”(映像作品に関する覚書)(1976))
制作から半世紀近く経ったいま、ニューヨークから遠く離れた場所で、鑑賞者がホルトによる映像を目にし、ホルトの友人たちが交わす言葉に耳を傾けることで、作品を巡るプロセスは時空を通じて拡張されてゆくのである。