日本画の枠を超えたその画風により、「画壇の風雲児」と呼ばれながらも五十二歳の若さで逝去した愛知県豊橋市出身の画家・中村正義(一九二四-七七)の画業に迫ります。
一九四六年二十二歳の時、中村正義は画家を志して中村岳陵の画塾・蒼野社で日本画を学びます。入門後まもなく日展に《斜陽》が初入選し、その後の日展では特選を二度受賞しました。また、三十六歳という若さで日展の審査員に選ばれるなど、その前途には大きな期待が寄せられていました。しかし、日本画壇の古い体質への反発心、自由な表現・制作ができないことからの不満が高まり、一九六一年には岳陵の画塾と日展からも離れ、独自の道を歩んでいきます。日展を離脱後は、膠の代わりにボンドを使用した表現や、蛍光塗料、アクリル絵の具を使った表現で、ジャンルに縛られない革新性と前衛の要素を取り入れ精力的な創作を展開しました。その一方で、仏画や風景画の現代性を追求する表現や舞台や映画への参与、ユニット住宅の考案、雑誌の表紙絵のポップアート風表現など幅広い試みを展開してきました。
本展は、中村正義の日本画の既成概念を超越した画業と、病と闘いながらもどこまでも純粋に自己を見つめ続けた姿を、作品を通して紹介するものです。正義作品からほとばしる命の軌跡と自己の深淵を辿る表現を、是非堪能していただければと思います。