李禹煥(1936年生まれ)は、1956年に来日。60年代後半より本格的に制作を開始し、戦後の日本美術史における重要な動向「もの派」を牽引。
近年の主な活動として、グッゲンハイム美術館(アメリカ、2011年)、ヴェルサイユ宮殿(フランス、2014年)、ポンピドゥー・センター・メッス(フランス、2019年)で個展を開催するなど、国際的にますます大きな注目を集めています。
今年4月にはフランスのアルルに個人美術館がオープンし、同市内のアリスカン墓地では9月30日まで個展が開催されています。国内では、11月7日まで国立新美術館の15周年を記念する大規模な回顧展が開催中。
この度SCAI THE BATHHOUSEで開催される展覧会は、これまで李の主要な個展で紹介されてこなかった、木、紙、土による作品で構成されます。1970年代から80年代にかけて制作された旧作を含むこれらの作品は、その後の作家の展開の嚆矢(こうし)として貴重なものと言えます。
木の板の表面にノミで刻み跡をつけたタブローは、差異を伴いながら反復される身体的な行為の痕跡として、作家の意識と外界の相互作用によって立ち現れる循環的な時間の概念や、そこに表出する無限といった、李の同時期の絵画作品にも通底する要素を多分に含んでいます。
紙による作品群では、箔のようにキャンバスに貼り合わせたり、薄墨に浸した筆で穴をうがいたり、表面を引っ掻いたりと、異なる手法が用いられている一方で、元来、字が書かれたり絵が描かれたりすることで何らかの記号の支持体となりうる素材自体の繊細な物質性、そこから必然的にもたらされるかのような行為の一回性を共通して読み取ることができます。このようにやり直しが許されない「一筆一画」の姿勢は、その後の李の仕事にも一貫しているものです。
陶土の作品では、「つくらない」ことによって、鑑賞者に空間や余白の広がりを強く意識させる構図が目立ちます。自己を抑制し、制作過程における火という外的な要素の不確実性を受容する態度に象徴される、他者や外部を受け入れる開かれた関係性は、李の制作において常に重要なものであり続けてきました。
開催中の回顧展と併せて本展をご覧いただくことで、初期から現在に至るまでの半世紀以上に及ぶ作家の実践への理解をより深めていただけることでしょう。