限りなく透明な
最も暗いところから見るヒカリ
最も暗いところに現れる光
限りなく暗いところにヒカリ
イケムラレイコ
展覧会について
三年前に開催された国立新美術館での大規模個展の厚みのある作品群と見事な構想力による洗練された展示によって、いまだに人々の脳裏に鮮烈な記憶をとどめているイケムラレイコの、シュウゴアーツでは五年ぶりの個展です。四月から始まる今回の展覧会では6点のペインティングに加え、以前よりアトリエに設置していた窯を使って制作に取り組んでいるガラス彫刻6点が披露されます。
ガラス彫刻作品について
イケムラレイコの芸術家としての人生は、常に新しい素材、手法との出会いであり、ときに格闘であり、ついには自家薬籠中のものにするまでに行き着く営みの連続でした。例えばイケムラがセラミックを手がけた1990年代初頭は、現代美術の世界でまだセラミックが彫刻の素材として積極的に認められていない時期でした。その後イケムラはブロンズを手掛け、ついに4mをゆうに超えるモニュメンタルな作品を実現するまでに至りました。そのイケムラが近年縁あってモザイク、そしてステンドグラスにも取り組み、今やガラス彫刻に精力的に取り組んでいます。
もともとセラミックの制作において本体に塗る釉薬はガラス質の溶液であり、ガラスが高熱によって変容し、光を内包する透明感を伴って形になることに親しみ、魅了されていました。現在アトリエで制作工程に時間をかけながらガラス作品の誕生を自ら手がけることの喜びは格別と本人は語ります。「形が色を呼び、色に陰影を与え、形と色の透明感が一体化する」ことを目指して制作された完成度の高いガラス彫刻群です。
絵画作品について
ガラス彫刻が自ら光を内包しているとすれば、新たな展開を遂げている一連のペインティングは「暗闇の中に見出された光」を画面にとどめることが志向されています。「何かを表現するというようなレベルから、最も透明なる自己=宇宙へと時空を超えて到達したい」というイケムラの思いが作品に強く投影されています。具象/抽象の二元論を超えて、絵画を通した形而上的な瞑想、あるいは理念・精神に関わるイケムラの想念、がそこにとどめられていると言えるでしょう。
詩作品について
また、イケムラが二十年以上にわたり扱っているもうひとつの「素材」として、より形而上的な素材ともいうべき「言葉」があります。10年以上前からイケムラはしばしば展覧会において、自ら紡ぎ出した言葉を詩という形式から一歩離れたところで、展示を成立させる大事な要素として扱ってきました。当初よりイケムラの詩的才能に注目していた詩人・田野倉康一さんの推薦によって、昨年6月まで一年余にわたり「現代詩手帖」誌に断続的に発表された一連の詩は、イケムラの言葉による芸術的成果として特筆すべきものです。
ガラスが窯の中での熱による珪素の変容・結晶化であるとすると、イケムラ自身にとって詩は20歳のときに日本を飛び出して以来、今日までその人生を自ら切り開いてきたヨーロッパという地で、本人の中に長年にわたって沈殿し晶出されたもうひとつの芸術的奇跡の現われ、と言えます。
おわりに
さまざまな素材・手法を手掛けながらもイケムラが追い求めてきたのは、いつの時代にあっても輝くことをやめない「ヒカリでありイノチ」でした。このますます困難な今日においても、「個や国を超えて宇宙的な視座から」ものごとを捉えつつ形にしよう、というたゆまぬ芸術的営みを続けているイケムラレイコの最新の成果をご覧頂ければ幸いです。
シュウゴアーツ 2022年3月