「絵を描く」というと、線を引き、絵具を塗るという行為を連想しますが、人類最初の文化遺産として知られている洞窟壁画が、壁に動物や人間の形を線刻していることからも明らかなように、長い絵画の歴史において、表現の技法は決して画一的なものではありません。本展では、絵具や支持体を削り、あるいは、引っかいた痕跡を画面にのこして仕上げた作家に注目し、所蔵品の中から、井上三綱(1899-1981)、鳥海青児(1902-1972)、内田あぐり(1949-)、岡村桂三郎(1958-)の作品約40点を展示するほか、藤沢市に在住の日本画家・山内若菜(1977-)の作品をご紹介します。井上と鳥海は、戦前から洋画家として活動し、欧米と日本の対比や国際的な美術の潮流の中で日本の作家として特性をいかに打ち出すかという課題を抱えていました。一方、戦後生まれの内田は人間存在の本質に迫ることに、岡村は人間と自然との関係性に、山内は傷ついた動物と自身の心を重ね合わせることに制作の要点があります。各作家の問題意識にもとづいて「けずる、ひっかく」という手法が用いられ、それが作家の表現様式として実を結んでいる点に着目し、作品をご鑑賞くだされば幸いです。