版画は、版がある限り何度でも摺ることのできる複数芸術です。棟方志功も「摺ることのくり返しが、美しさを増して行くというところに大きなよろこびがあります」(『板画の話』、1953年)と複数性の良さを語り、実際に一つの板木を何度も摺ることがありました。一方で、一枚しか摺らなくても版画であるし、何枚摺ったとしてもそのどれもが独立した一点ものだ、とも考えていました。
そんな棟方の板画の大きな特徴は、ひとつの板木を繰り返し摺る中で、一点は墨摺りのままにしたり、もう一点には裏彩色(紙の裏から筆で絵具を染み込ませること)をしたり、改刻(彫りを加えること)してから再度摺ったり、それぞれに変化をつけていることです。もちろん、毎回摺りが全く同じになることはありえないのですから、それだけでも全てが独立した作品と言えますが、裏彩色や改刻によって一点一点の違いはより明確になります。
例えば、1949年の《女人観世音板画巻》は晩年まで何度か摺った作品ですが、墨刷りそのままのものもあれば、後に1969年に摺った際には裏彩色をして色鮮やかに仕上げています。《御鷹揚ゲノ妃々達》は、1963年に弘前市民会館大ホールの緞帳原画として制作したものですが、1964年には改刻し配色を変え、同年の第六回現代日本美術展には《道標の柵》と題名も変えて出品しています。
冬の展示では、このように様々な手法によって、ひとつの板木を何通りもの作品に変化させた棟方板画の魅力をご紹介します。彩色の有無や配色の違い、改刻の前後等、同一の板木から生まれた、しかし形態の異なる作品を見比べてみてください。また、彫り間違えた部分を一工夫して補ったと思われる作品も併せて展示しますので、棟方板画のユニークな鑑賞ポイントとしてお楽しみください。