本展覧会の開催にあたって
東日本大震災という未曽有の災害は、その情報の継承の方法についても重要な問題を投げかけました。情報とは、ここでは具体的に「記録」と「記憶」という言葉で表現します。「記録」は報道写真・映像、データのような客観的な情報群です。震災当日やその後を表現する情報として、復興に不可欠なものであることに誰も異論はないでしょう。
しかし、「記録」は時間軸に沿って整然と配列され、建物の倒壊数や死者数は数字として私たちの目の前に示されるに過ぎません。そこには、震災前の豊かな生活の思い出や震災直後に一人一人が突き付けられた現実、今日までの時間の積み重ねはありません。
対して、「記憶」は主観的であり、時間的な経過とともに変化する可塑性を有しています。だからこそ「記憶」には、個々人の過去の思い出や将来に対する想いが込められています。「記憶」に込められた想いは、都市のインフラ復旧にはあまり寄与しないかもしれません。しかし、人々が自らの生活を再建し、地域社会へのアイデンティティを取り戻し、「これから」に目を向ける手がかりになるはずです。
リアス・アーク美術館の山内氏からお聞きした中で最も印象的であったことは、「東日本大震災の記録と津波の災害史」常設展示の来館者同士が、自らの個人的な体験を語り出すということでした。リアス・アーク美術館のスタッフにより撮影・収集され、展示されたものは、スタッフの主観で構成されています。その主観とはスタッフ自身の「記憶」とも言い換えることができるでしょう。このスタッフの「記憶」が表現された展示が、来館者の「記憶」を呼び覚まし、「これから」に思いをはせる機会になるのです。
本展覧会を通じて、来館者の皆様とともに震災後10年という時間が積み重ねられた「いま」を想起するとともに、「これから」に想いをはせる場が生まれることを願ってやみません。
城西大学現代政策学部准教授 土屋 正臣