1913年、鳥取県西伯郡境町(現在の境港市)に生まれた植田正治は、生まれ育った山陰の地を離れることなく、日常的な光景にカメラを向けながら、数多くの作品を生涯にわたり残しています。1960年代、植田は、松江を被写体に写真をとりためていました。凛としたたたずまいの家屋、古びた看板、橋の上を行き交う人々、湖上に、あるいは濠(ほり)や川の水面に低くたれこめる雲の気配-これら見慣れた風景を植田は歩きながら四季の移ろいの中で見つめなおし、あらたな出合いを繰り返しながら、心打たれる瞬間の美しさを印画紙の上に焼き付けています。それは古(いにしえ)の面影をたたえた美しの街並や、日々営まれる人々の素朴な暮らしの様子であり、同時に幼い頃から松江をよく訪れていた植田の心に内在する「風景の記憶」ともいえるでしょう。
これらの作品の数々は写真集『松江』としてまとめられ1978年に刊行されています。この本のなかで郷土への思いを書き記した随筆家の漢東種一郎は「この時代に生きていたわたしどもがかく見、かく感じたというまでであり、この<松江>の松江はこよなく愛したわがふるさとであった」と述べています。
今回の展覧会は、多くの人々に愛され、郷愁とともに語られる松江を被写体にした植田の写真の数々を紹介し、植田にとっての「風景の記憶」を浮き彫りにします。