小樽にいながら国際的に「版画の鬼才」と呼ばれた一原有徳は、版画家以前は登山家、俳人として名を馳せた人物でした。版画家として華々しいデビュー後も、一時の中断を経ながらも俳句の創作は続け、退職後に執筆した小説「乙部岳」は太宰治賞候補となりました。一原にとって文学表現は「とにかく考えることを忘れがちな美術表現の中で、活力を与えてくれる刺激剤」であり、文学と美術という二つの表現手法は切っても切り離せないものでした。
一原と根室出身の銅版画家・池田良二の出会いは1980年。当時33歳の池田は、東京から小樽の一原を訪ね、以降親交を深めていきます。一原は、親子ほど年の離れた後輩の版画家・池田良二を尊敬する友人として、長年にわたり文通を継続しています。
池田もまた詩や文学との共同作業によって、大きな成果を挙げてきました。新潮社の装幀の仕事では、名だたる文豪をはじめ、小樽関連は、石原慎太郎の著作の数々を重厚な版画で彩ってきました。近年では、酒井忠康の依頼により手がけた、加藤多一の童話『馬を洗って』は赤い鳥挿絵賞を受賞。小樽をたびたび訪れた瀧口修造の詩との合作「睡眠者の思索 瀧口修造詩句」も制作しています。また、本展では、初期の池田に決定的な影響を及ぼした詩人 岡田隆彦、吉増剛造、評論家 酒井忠康らのポートレートをモチーフとした「詩人の肖像」の連作も展示します。
本展は、市立小樽美術館のコレクションから、北海道を代表する二人の版画家について美術と文学の2つ視点から展示します。