いわさきちひろは、人びとの日々のくらしを彩る絵を描きたいと、印刷媒体を作品の発表の場に選びました。絵本とともに、月刊の雑誌や絵雑誌も大切な仕事でした。なかでも「子どものしあわせ」と「こどものせかい」は、制約が少なく自由に描けたことから、時代ごとの代表作が生まれました。
「子どものしあわせ」の表紙絵
ちひろは1963年から没する1974年までの12年間、月刊雑誌「子どものしあわせ」(草土文化)の表紙絵を描き、150点近くの作品を残しています。「日本子どもを守る会」が編集し、子どもを題材にすること以外どのように描いても構わないという出版社からの依頼は、大変魅力的なものでした。季節感あふれる絵が表紙を飾り、タイトル文字を含めたレイアウトや配色も任されていた本誌の仕事からは、ちひろのデザイン的なセンスもうかがえます。「木の葉の精」では、絵を大胆にトリミングすることで、木の葉と子どもの印象を強いものにしています。
「こどものせかい」から“感じる絵本”へ
ちひろは1958年より、至光社の絵雑誌「こどものせかい」の仕事を手がけています。編集者の武市八十雄は、1948年に絵雑誌「ベビーダイジェスト」を発行、翌年に至光社を創立し、1953年より後継の「こどもの世界」*を刊行します。武市は、印刷製版にこだわり、絵の再現性を追求していきました。表紙に窓をあけるなど造本にも趣向を凝らした号も見られます。印刷されたものが作品という姿勢は、ちひろの絵本づくりにも生かされ、1971年の『ことりのくるひ』では、コラージュや絵の合成など印刷効果を積極的に用いています。
本展では「子どものしあわせ」と「こどものせかい」を中心に、印刷技術と画風の変遷もあわせて紹介します。
*1955年より「こどものせかい」と改題