河原温は、その日のうちにその日の日付を描く「日付絵画」のシリーズを制作しました。時間と空間の切り離せない関係を説明する言葉に、「飛ぶ矢は飛ばない」というパラドクスがあります。一瞬一瞬を捉えれば飛んでいる矢は止まって見えますが、その連続によって矢は飛んでいきます。「日付絵画」は、この止まった矢のように、目には見えない流れる時の一瞬を現前させ、尺度としての時間と体験としての時間、個人の時間と歴史的な時間、一の時間と多の時間へと、観者の意識を促します。豊田市美術館が所蔵している一ヶ月分の日付絵画のシリーズは、1971年に制作されてから2021年でちょうど50年が経過しました。本展では、この機に一ヶ月分の「日付絵画」を中心として、半世紀という時間の束に向き合う‘今ここ'を、コレクションを通して捉えることを試みます。
現代芸術家にも影響を与えた禅の思想家・鈴木大拙は、「絶対の現在」について、「過去はすべてここにあつまり、未来はすべてここから出ていく。ただし、‘ここ'、実のところ‘今ここ'は空そのもの―内実に置いて無限に豊かで、尽きぬ創造性を持つ‘空'である」と述べています。時や場について直観することで、主体と客体、過去と未来を超えて、創造的な‘永遠の現在'に至るというのです。河原は「日付絵画」の制作プロセスを、 「精神労働」、「瞑想」と呼んでいました。時間に関わる作品を前に静かに自己に向き合えば、瞑想にも似た自らの意識の働きに気づくでしょう。