折り紙の展開図をモチーフに、色と形の関係性を探求する過程を抽象絵画という形式で表現してきた小牟田悠介。鮮やかに塗り分けられた色面がシンメトリーな幾何学模様を織り成すその画面構成は、多面体から反射するプリズムや、万華鏡に似た幻想空間を想起させる感情豊かな性質を帯びていました。ゲーテやヨハネス・イッテンの色彩学、および世界の仕組みを色によって解き明かすような彼らの空間認識の方法にも興味を示し、制作を積み重ねて来た小牟田は、本展において、自身が長年抱いてきた関心と探究を推し進め、その解釈をより深化させた新たな作品世界の構築に挑んでいます。
《Unfolded》と名付けられた一連の絵画は、紙飛行機の展開図に沿ってキャンバスを直接折り込み、その上から色を重ねて制作された作品です。二次元の平面から立体へ、立体からまた平面へと、形状の遷移を繰り返しながら彩色を施し、作品を完成していきます。キャンバスを折ること、着色を同時に行うことは、小牟田が《Unfolded》の制作において取り入れた新しい試みです。「一枚の絵画は地図である。思考を伴った地図であり、時間を伴った地図である」と、小牟田は言います。時間や空間に対する作家の理解は、近年の量子力学への知見を通じて、より深度を増し、その表現形態や手法の変化となって結実しています。キャンバスを折り畳み、展開し、時にはそれらを往復しながら色を載せていく過程で、対角線上の角と角が重なり合い、表が裏になり、また塗布された色は裏側に透過していきます。色と折り目によって特徴づけられ、絵画として完成したこれらの平面は、まるで時間と空間が伸び縮みし、ひっくり返り、あるいは過去と未来が同時並行で存在するといった、量子力学的な観点における空間認識の痕跡をコンパクトに内蔵したミクロの模型そのもののようです。
また、《Drop》と名付けられた数点の立体が、天井から吊るされ、緩やかな回転を繰り返しています。タイトルが示唆する通り、絵具の滴から着想された本作は、平面上に落ちた実際の滴を3Dソフトに取り込み、それに時間軸を付与することによって、ときに複雑な形状のループを描きつつまた原点に立ち戻る、四次元空間上の立体として造形されました。《Warp》と題された半立体の作品が、絵画と並び壁面に設置されています。小牟田にとって本作は、自身の制作の核心を端的に表し、また本展を包括する意味合いも帯びた象徴的な存在です。折り目とともにいくつもの穴が開いた平面、その角と角を軽く重ねた単純な構造には、表が裏となり、裏が表となる、離れた場所が瞬時に通じ合うといった、作家にとって制作の鍵となるいくつもの思考が示されています。絵画の媒体であるキャンバスが、ときに裏側に折り込まれた状態で木枠に固定されていることなど、作品が有する特徴的なディテールもまた、このような小牟田の思考形式が現れた結果といえるでしょう。
本展のタイトル「新しい天体」は、フランスの著述家ブリア=サヴァランによる『美味礼賛』の一節に由来した、開高健の造語を引用しています。新しい美食との出会いを天体の発見になぞらえたブリア=サヴァラン、および開高の視点は、遠くと近くを繋ぎ、裏と表を行き来するといった実践と解釈に着眼していた小牟田に共感を抱かせました。自身の制作の根底にあるのは、「世界の断片をポケットサイズに手にする感覚」と、作家は言います。「新しい天体」という包括的な視座をその取り組みに重ね、新作絵画群から立体、そして半立体と、多様な形状を巡りつつ、造形が織り成す詩的空間の散策へと観客を誘います。