■静謐な叙情 大川 栄二
確か平成7年の秋だったか、何の前触れもなく糸園先生が、お独りで遠路桐生市の幣美術館に来館された時が初めての邂逅だった。静謐な叙情を漂わせ総てがおだやかな身嗜みは、正に糸園絵画の神髄そのものであり、「絵は人格」と謂う私の信念の挙証を覚え嬉しかった。
糸園絵画は、当然私の蒐集絵画の主軸の1つであるが、今日迄に僅か4点しか買ってないのは何故か不思議だが、どうも先生の絵と不調和の画商でしかお目にかかれず、実に私の好きな戦前のものが殆ど空襲で焼失されたとかで残念極まりない。
だが、4点は1964頃《風の日のエスキース》油彩8号 1957《鳥の壁》油彩30号 1959《小鳥》油彩12号 年代不明《女》ガラス絵3号大等々と仲々のものばかりなので、せめてもの慰めである。
とにかく、前述の糸園芸術は竣介にも通ずる人間的絵画だが、特に彼ならではの魅力は、バックの処理に見られる不思議な空間であり、無限の空間を堅牢なマチエールに埋没させずに生かしている「何か」である。
でも、それら私には全くそぐわない美学論より、幣館開催中の「茂田井武展」で、あの谷内太郎が雲の上の人と敬愛し切った茂田井の代表作である日記風画帳「ton・paris」よりの水彩画100点を、何と約2時間近く凝視し続けた後に、静かに私に語った短い言葉が忘れられない。
「大川さん、この絵は天才とか何とか云うものでなく、愛そのものだよ、素晴らしい展覧会有難う」と……ありがたい人です。(財団法人大川美術館理事長兼館長※肩書は当時)
『糸園和三郎追悼文集』2003年、糸園和三郎追悼文集刊行会 より転載。