明治、大正、昭和にかけて風景画の第一人者として才能を発揮していた吉田博(1876-1950)。彼はもう一つ、版画家としての顔を持っています。吉田が自身の監修で木版画制作を始めたのは1925年、49歳のことでした。
吉田は版画を制作する上で、浮世絵に連なる伝統的な木版システムを採用します。彫り・摺りを常勤の職人に担当させ、分業による高度な技術を積極的に活用したのです。一方で吉田はただ原画を手掛けるだけでなく、自身も彫り・摺りの技術の研究に努め、時に自ら手掛け、全工程を熟知した上で厳しく監督しました。そうして制作された版画は、洋画家として培った写実性と、国内外を巡り、自然の中に飛び込むことで体得した吉田独自の視線を余すところなく表現しています。平均摺数は三十数度。水の流れや光のうつろいを驚くほど繊細に描写した版画は国内外で人気を博し、かのダイアナ妃にも愛されました。
本展では吉田の没後70年にあたる節目に、後半生の大仕事として制作された木版画約150点を一挙公開します。また、版木や制作の基礎となる写生帖を併せて紹介し、その繊細な表現が生まれる過程をじっくりとご覧いただきます。