彼は笑顔でアトリエに入って来る。眼の前に置かれたモチーフを嬉しそうにまじまじと見て、小首をかしげている。青い小さな紙箱「シュウチャンBOX」の中の画材をのんびりと確認する。やおらノッソリと紙に覆い被さり、いきなり黒いかたまりを描き始めた。舛次崇は、そんな描き方で様々な形を描く。
彼は18歳の頃、知的障害者福祉施設の絵画クラブに参加した。はじめは子供の頃から熱烈なファンであった野球チーム、阪神タイガースのスコアボードの絵ばかりを描いていた。正確にすべてのボード文字を描くのだが、その後必ず、それを同じ黒のクレヨンで真っ黒く塗り込めた。2年ほど経ったある日、たまたま机の上にあった枯れた植物の植木鉢を見て描き始めた。独特の視野で捉えた独創的な絵だった。それ以後から彼は眼の前に置かれた植物の鉢や、日常品を見て描くようになった。
対象をじっと見てはいるが、その形をトレースしているのではなく、どうやらそのモチーフから受ける「感じ」を直感的に受信して、描いているらしい。その意識は、全体のバランスなどには向かわない。描き進んで紙の端が来ると、形成されていた形はそこで潔くプッツリと終わる。予想もつかない緊張感をはらんだ構図。生み出されるユニークな形。絶妙な配色。それらは美術教育とは無縁のところで生まれ、屹立している。
作品は2008年アールブリュットコレクション(ローザンヌ)に所蔵された。また2010年パリ市立アンサンピエール美術館展「アール・ブリュットJAPONAIS」出展、2012年からヨーロッパ巡回展「Art Brut from Japan」に出展。…(文・はたよしこ)