反復する格子状のグリッドから霧に包まれた幽玄な松林図まで、イメージの実像と虚像の間に異次元を折り込む絵画の場を打ち立ててきた大庭大介。2015年以降の作風を特徴づけるホログラム絵画では、変化する色彩とともに光を浴びたイメージが多方向に拡散し、絵画空間の多次元性を示唆してきました。大庭は、絵具の特性や光学的な法則を用いて独自の考察を深めてきたこれまでの制作をさらに発展させ、近年、透明なアクリル絵具の深みに光が行き渡る新たな作品群を展開しています。3年半ぶり4度目の個展となる本展では、絵画空間に神話のナラティブを巧みに導き入れることで、天空から海底までを貫く作品世界を描き出していきます。
天空界を指し示す本展の前半は、現生鳥類の祖先とされる始祖鳥に始まります。透き通った真紅の絵画"Crystal Matter”(2019)に浮かび上がるのは、ジュラ紀の石灰岩から発見されたこの恐竜の化石であり、空間と時間を駆け抜けるメタファーとして捉えられています。古代の壁画を思わせる平面作品《Untitled》(2020)では、上方から斜めに引かれた平行線がレッドオーカーの色面を二分し、その先に金箔で覆われた天然鉱石が、天空から落下した破片のように差し込まれています。古代から人類を魅了してきた黄金の輝き、ノイズとなって煌めくラピスラズリの瑠璃色、そして絵画空間に新たな質感とリズムを与える暗褐色の平面とそれを切り出す直線的な構図——サイエンス・フィクションのような大胆な仮定の上に、古今東西のナラティブを召喚した創造神話の要求は、大庭の制作における新たな展開を予感させています。
液体の深みへと沈む本展の後半では、微かに濁った深い色彩の層が陽光に照らし出される沼のように蠱惑的な世界が広がります。日本画の顔料である天然珊瑚の粉末を吹きつけた "Coral Painting" (2019-) が指し示すように、海のイメージが底流に流れ、シアン、マゼンダ、イエローと色材の三原色がそれぞれのレイヤーとして流し込まれ重ねられた作品群が、色彩の白色光から虹色のプリズムに分散するバクテリアのように苛烈な色彩を放っています(《Untitled》2019)。同時に、下地に抉り出された溝や傾斜によって色彩の重みは変化し、水底に向かってイメージが沈下していく錯覚に捕らえられます。こうした手法は、プラチナ箔の輝きが表層を覆う最新作《Untitled》(2020)でも繰り返され、天然鉱石の形状が海面から切り立った山岳のように、無数の面となって乱反射を引き起こしています。海面のように広がる透明なアクリル絵具の層に、島を思わせる鉱物が浮かび、光と面との複雑な関係を結ぶことで、作品世界がより一層深まっていくように感じられます。
現象の深みを照らし出す光―絵画の背後に現れる抽象世界や神話のエピソードを示唆しながら、鑑賞者を導き入れるさまざまな意図に溢れる本展では、マテリアルの集積が作り出す絵画という現象の知覚的探求が、意味世界へと拡張され捉え直されています。それは「過去・現在・未来という一方向の時間軸が失われた絵画という次元において、私たちの目前で起こる多様な現象を構成するセカイ」(作家談)を生み出す過程とも捉えられるでしょう。未曾有の出来事に直面し、大きな変化を迎えつつある私たちの意識にいま求められているのは、知覚を頼りに紡ぎ出すこうした意味世界の再構築であり、本展ではそれが壮大な絵画による創世記として描かれています。