日常の風景を切り取り、静謐な世界を描く阪本トクロウ(サカモト・トクロウ 1975年山梨県生まれ)。
人の気配が消され、限りなくシンプルに構成された画面からは、静かな時間と漠然とした空間が広がります。阪本は、小学生の頃から絵画教室に通い、デッサンやスケッチの研鑽を重ね、東京藝術大学を卒業してからも早見芸術学園の日本画塾に入り修練を積んできました。講師の紹介で日本画家の千住博氏と知り合い、2年ほど制作助手を務めることとなり、そのことが阪本に大きな影響を与えました。千住氏から阪本は「自分にあるものは何か。ないものは何かをよく考えろ」と言われ、自分には“何もない”ということに絶望したそうです。しかし、絵を描くことだけは決めていた阪本は、結局“何もない”ということ《淡白で中心性のない空虚感》を描くことにしました。
阪本の作品は、日常的で身近な風景を自ら撮影し、その写真をもとにトレース・転写して描かれています。その際、「どれだけそのモチーフの良さを引き出しているのかが大事なのだと思う」と言うように、モチーフの中に潜んでいる良さを引き出すために、観察に基づき、余分な要素や作家の個性は排除され、必要な要素に着目して描き出されます。こうして描かれた作品は、阪本が実際に目にした特定の風景やモチーフではありますが、見たものをそのまま再現する写実・写生ではなく、モチーフの本質を表現する写意へと変化されることで、見る行為を問い直しているように感じられます。
本展では、何気ない日常の1コマを切り取った《呼吸》、大きな余白の中に公園の遊具が朧気に佇む《エンドレスホリディ》等いくつかの作品シリーズとともに、動く水の表情を図解的に描いてきた《水面》シリーズからさらに派生した「墨流し」にて制作された作品もあわせてご紹介します。
阪本がこれまで見つめ、捉えてきた世界をどうぞご堪能ください。