数字というユニバーサルな記号を表現言語の中核に位置付け、1と9の間を行き来する発光ダイオード(LED)の明滅によって、生と死、およびその周囲との複雑な関係性を、力強く、また端的に表現して来た宮島達男。生命体のような動きをする特殊なプログラミングと電子回路を構築した「IKEGAMI Model」(2012年発表)、あるいは香港の超高層ビルのファサードを数字が異なるスピードで流れ落ちる光のインスタレーション「Time Waterfall」(2017年)など、生命の流動性および予測不可能性そのものを取り入れた近年の作品群は、本展「Uncertain」において、表現形式および実践についての新たな展開を迎え、大きな飛躍を遂げています。
新作の絵画シリーズ『Painting of Change』は、1から9までのデジタル数字が、7つに分割されたセグメントによって、壁面に表現される作品です。大小様々な5つのシリーズが並んだ展示室内には、特製の多面体サイコロがひとつ、置かれています。あらかじめ決められた周期に従ってサイコロが振られ、出た目に応じて、セグメントを引いたり、また戻したりしながら、壁面の数字が変化していきます。使用されないセグメントは床に整然と置かれ、0の目 ― 何も刻印のない ― では、全てのセグメントが床に落ちます。
色の濃淡や色相の違いによって、8の状態においては、ほか全ての数字の可能性を示唆するように見える本作は、鈴木大拙に強い影響を受け、東洋の『易』を通じて、画期的な作曲方法へと辿り着いたジョン・ケージの『Music of Changes』に直接的に言及する作品です。不変性の追求が重要な動機であり続けた西洋絵画の歴史やその特質に問いかけ、土台から変化することを仕掛ける宮島の新作絵画は、西洋音楽という既存の枠組みから音を解放したと評されるケージの批評的態度とも共鳴するようです。ハイゼンベルクの不確定性原理を彷彿とさせる本題「Uncertain」は、量子力学に影響を受けながら、物事を真に予測することなど人間には不可能であり、またその展開は常に偶然性に委ねられている、と考えるに至った宮島の世界観を端的に表しています。また、ジョン・ケージが東洋思想に強い影響を受けたのと同じ頃、カリフォルニアで量子力学のブレイクスルーが起こっていることも、宮島の関心を喚起したといいます。
枠自体に変化を組み込む姿勢は、本展を構成するもうひとつの作品『Unstable Time』にも顕著です。螺旋、円、直線 ―様々な形状で白い布に縫い付けられたLEDの数字が、各々のリズムで明滅を繰り返しています。柔らかく、どのような形にも変化する布という素材を用いて、会期中に様々に姿を変える本作もまた、これまで宮島作品の主役となっていた大きな電子回路基盤 ―絵画的とも言える強固な支持体の解体を自ら促し、変容を受け入れる態度を示唆しているようです。
全世界的な感染症の蔓延は、経済活動の停止、および生命の安全を維持するための生活様式の急激な変化を、地球上に生きる全ての人間にもたらしました。この先行き不透明な混迷の時代に、我々はどのような姿勢で生きることを求められているのでしょうか。本展は、現代社会への眼差しとその批評的態度によって、自身の芸術表現を切り拓いてきた宮島の新たな新境地の表明とともに、予測不可能な時代を生きる我々にとっても大きな示唆に富むように思えます。