「久しぶりに再会してとてもうれしい」は、カンボジア人画家のスヴァーイ・ケーンが1997年に描いた小さな油彩画のタイトル。特別に絵の勉強をしたわけではなく、60歳を過ぎて定年退職した後に作品制作をはじめた異色の画家です。日記のようにほぼ毎日、カンボジアのささやかな日常を温かな眼差しで描きました。そうして残された素朴な作品世界は、人生で大切なことは何かを、私たちに優しく語りかけてくれます。
あるいはミャンマーの製本工場を撮影したティーモーナインの《ページをめくる間に》。製本作業の合間に交わされる女性たちの他愛もないおしゃべりが、もしページの間々に一緒に挟み込まれているとしたら…そう想像してみるだけで、世界がすこし活気づいたかのように思われます。このほか、愉快な二人を描いた《愚にもつかないおしゃべり》や子どもたちの無邪気な姿を描いた作品など、人々が出会い、集い、何かを共有しようとするような作品が登場します。
しかしこうした情景は、今の私たちにとって、少し遠い世界のように感じられるかもしれません。新型コロナウイルスの脅威によって、私たちの生活や社会的なつながりは、物理的にも心理的にも制限され、疲弊し、社会の隅々にまでしわ寄せが及んでいます。
今回のテーマ展では、スヴァーイ・ケーンのような作品だけでなく、そうした状況を連想させるような作品も紹介しています。たとえばマスクをした辺境の人々、竹篭に入れられた小学生、バスの車内に詰め込まれた人々。これらの作品はコロナ禍と直接関係ありませんが、どこかでコロナが発現して以降の世界の在りようとつながっているような気がしてなりません。
新型コロナウイルスによって、これまでの日常が立ち行かなくなっている今、本展では人々が集い、語り合うことの意味や喜び、あるいはその難しさを見つめなおします。 【学芸員 中尾智路】