上田薫(1928-)は、写真を使って対象を精巧に描き出す画家です。殻からつるりと落ちてくる生玉子がリアルに描かれた彼の作品を、美術の教科書で見たことがある方も多いのではないでしょうか。
東京藝術大学で油彩を学び、主に抽象画を制作していた上田は、1956年に映画ポスターの国際コンクールで国際大賞を受賞したことをきっかけに、グラフィックデザインの世界へ足を踏み入れます。それからしばらく絵画制作から離れますが、1970年に、対象そのものだけを写実的に描く表現―本人曰く、制作に行き詰まったときに頭を空っぽにするための「クソリアリズム」― に目覚めます。以後上田は、ときにデザインの世界で学んだことを活かしながら、現実以上にリアルに見える作品を次々と生み出してきました。作品のモティーフの多くは、殻が割られた瞬間の生玉子、スプーンからこぼれ落ちそうなジャム、水の流れや空など、一瞬で姿を変えるものです。時間と空間とを切りとるその鮮烈な描写は、リアリズム絵画のなかに独自の位置を占めるものとして高く評価されています。
本展では、これまでまとまった形で紹介される機会の少なかった上田薫の歩みを、大学卒業後から現在までの作品約80点とともに紹介します。時間の流れ、空間のひろがり、そして何気ない日常を驚きに変える上田流「クソリアリズム」の世界を、ぜひ心ゆくまでお楽しみください。