Dead End ―「十間坂」<手宮地区-小樽>
小樽は坂の町であり、その多くの坂道には名前が付けられている。
かつて北海道発展の拠点となった手宮地区に「十間坂」と呼ばれる急勾配の坂道がある。
この坂道は、その名のとおり十間ほどの広い道幅(約18m)を持ち、手宮中心部の商店街の延長上にあり、地元では「荒巻山」と呼ばれる石山の頂上に向かって延びている。
しかしながら、この坂道は、頂上近くで途切れてしまい、ピークとなる岩場はV字型に切り通され、行き止まりとなる。
その先の眼下には小樽の中心街が広がっている。
正にこの不可巴議な光景が、この歴史深い呼宮地区の生活・文化を保ち続けてきた痕跡なのである。
かつてこの十間坂は、明治時代以降、小樽中心街と手宮地区を結ぶ道路計画が幾度となく検討された。しかしながら、そのたびに手宮地区の衰退を危倶する地元商店街や住民の反対により、計画は断念されてきた歴史がある。
結果として、この十間坂のふもとに広がる手宮地区は、小樽の歴史の始まりであり遊郭もあった当時の面影を残し、もち屋や銭湯、庶民的な商店街などが未だひっそりとたたずみ、昔ながらのコミュニティーを保ち続けてきた。
しかしながら、こうした歴史・文化を育んできた手宮地区も、近年、住民の高齢化や世代交代による商店の廃業、持ち主不在の廃屋や建物の倒壊が加速化する一方、道外資本のホテル建設が現れるなど、新たな機運が見受けられる。
自分は、こうした坂の現実や過去からの痕跡を探り、その撮影を通して、十間坂の行く末を見守っていきたい。
谷ロ能隆