この度小山登美夫ギャラリーでは、廣瀬智央展「奇妙な循環」を開催いたします。本展は作家にとって当ギャラリーにおける7回目の個展となります。
また、今年5月22日[金] - 6/28[日](予定)に、アーツ前橋にて大規模な個展「廣瀬智央 地球はレモンのように青い」を開催、3万個のレモンを床に埋め尽くす代表作「レモンプロジェクト03」(1997年 / 2020年)など、これまでの廣瀬の活動を一挙にご紹介する、新旧約100点の作品を展開します。
本展はその同時開催となります。ぜひあわせてご高覧くださいませ。
【廣瀬智央と、その作品について】
ー複数の異なる個性が存在し出会う世界ー
廣瀬智央(1963-)はミラノと東京を拠点とし、90年代の活動初期より精力的に制作活動。日本、アジア、イタリアなど世界各地の美術館、ギャラリーでの展覧会に数多く参加してきました。
また、最近では、母子生活支援施設の母子と空の写真を交換し合う「空のプロジェクト」(前橋、2016年から2035年まで継続)など、社会との接点を意識し既存のアート活動を超えた長期的なプロジェクトも手がけています。
廣瀬作品のコンセプトの幅は、マクロな視点で地球全体、国や季節を越えて果ては宇宙へも広がります。それと同時に、廣瀬は日々のイタリアの食生活から豊かさや多様性を発見し、異文化間の旅での出会いや対話から共通するささやかな幸せの感覚、生きることのへの意味を見出します。そんな日常性を芸術的レベルに移転させ、鑑賞者の五感に強く働きかけるのが廣瀬作品の大きな特徴といえます。
レモンやスパイスを床一面に敷き詰め、視覚や嗅覚、味覚を刺激するインスタレーション、空の写真、細胞が無限に増えていくような「ブルードローイング」、「ビーンズ コスモス」シリーズでは、豆、パスタなどの食材と、丸めた地図やビー玉、金などをアクリル樹脂のなかに浮かべています。
美術評論家の椹木野衣は、廣瀬作品に対して次のように評しました。
「『旅』は、身体の移動というだけでなく、五感をめぐる身体図式の組み替え、という意味でも『旅』なのだ。廣瀬智央の過去のプロジェクトにおいても、様々な「におい」が使われていたが、それはいずれも、このような五感をめぐる旅、という側面を持つ。」(1)
【本展および作品に関して 】
ーものの不確かなつながり、循環、表層 ー
本展では、金や金箔を使った作品、柱の彫刻、本物の豆と木製の豆、カーテンや植物をつかったインスタレーション、トレーシングペーパーを使ったドローイング、曖昧な絵画など、異質に見える個々の作品が展示空間の中で互いにゆるやかにつながるように共存します。
金箔を切り口にほどこされた、切断されたコンクリート製の柱の彫刻作品。高価な金の粒と、「貧しいのに豊か」な豆、本物の豆と木製の豆の作品。見慣れたはずのものが近くで見ると対比的に表されており、不思議な感覚をおぼえるでしょう。しかし遠くから見ると、まるで宇宙を構成する星々のように、いずれも変わらない同等な物質のように見えます。
廣瀬は、人工と自然、昼と夜のような、事物の間の領域や小さなもの、周縁にこそ見過ごされがちな豊かな世界があることを見出し、その表面に現われない、奥にある矛盾や不確定なものを捉えてきました。
鑑賞者は、展示空間を回遊しながら、様々な視点や角度から廣瀬が構成した作品世界を体感することができます。視点を変えることで見え方が大きく変わるこの異質なものの共存は、私たちの社会そのもののようです。
展覧会タイトル「奇妙な循環」とは、始まりと終わりが繋がってしまうようなパラドックスの世界や真とも偽とも言えない決定不可能のような、具体的ではない、とらえどころのない世界観をイメージしています。
【廣瀬作品が発するメッセージ】
ー「全ては旅の途中」ー
美術批評家のダリオ・サラーニ氏は、廣瀬作品について次のように言及しました。
「(廣瀬の作品は)さまざまな階級と種の問題を横切って駈けめぐり、問題と疑問を提起しながらも、決して一つの答えを与えることがない。すべてが一つの、地理上、所属上の交差点にあり、現実的なものから、メタフィジカルなものへと向かう旅の途中にあって、精神的であると同時に、合理的に現存している。」(2)
また、アーツ前橋館長、東京藝術大学大学院准教授の住友文彦氏は、廣瀬の視点を次のように評します。
「廣瀬の融通無碍で、かつ表面に現れるものを疑う批評性は、人間を世界の中心に置く思想さえも相対化する。そして、人間と他の生き物、大人と子ども、無機物と有機物などが、ヒエラルキーなく、自己完結することなく、表に見えない〈謎〉によって結びつき合うような世界へと私たちを導いていく。」(3)
廣瀬の作品の軸になっているのは、万物の不確かさ、曖昧さであると言えるでしょう。ありふれた日常のものを別の文脈に置き換えた時の、基準の転換やリアリティの儚さを、感覚を通して体験させることで、世界にあるものは今、目に見える状態で不変なのではなく、いつもこれからも全て常に絶え間なく動いていること。そしてそれは私たちの体感と想像力により無限の可能性が広がることを語りかけます。
廣瀬の作品から発せられるメッセージは、世界中が見えない敵との戦いで未来予測できず、旧来の価値観が崩されていく今、大切な気づきを与えてくれるのではないでしょうか。この貴重な機会にぜひお越しください。
1、椹木野衣、『香りか臭いか』、「Project A.P.O」佐賀町エキジビットスペース、1999年
2、ダリオ・サラーニ、廣瀬智央展「TRA-MITE」テキスト、イペリオン・アルテ・コンテンポラーネア、トリノ、1998年
3、住友文彦、『移動と持続-廣瀬智央の共生のための柔らかな思考』「廣瀬智央 地球はレモンのように青い」コンセプトブック、アーツ前橋、2020年